淫靡なる楽譜-10
ディアナがはっとした時には目の前の詩人の姿はなかった。あるのは椅子に置かれたリュートのみ。
そして詩人の姿を探そうとディアナが椅子から腰を浮かそうとした時、
「ディアナ様、私はここにおります・・・・ 」
耳元で囁くようにして響く詩人の声。
ディアナの金髪に顔を近づけているせいか、その吐息も彼女の耳に触れる。ディアナは椅子から立ち上がることもできなかった。
真後ろにいる詩人は、椅子に座るディアナに背もたれ越しに密着している。彼の長い髪がディアナのドレスにサラサラと触れていた。
「いかがでしたか?私の曲の出来映えは・・・? 」
ゆっくりとした口調で詩人は問うてくる。
言葉を発する度に彼の吐息が、ディアナのうなじを耳を掠めた。
「え、ええ・・・素晴らしかったわ。とても甘くて、刺激的な曲・・・曲名は、なんていうのかしら?」
僅かに首を横に動かしながら、ディアナが聞く。
「曲名はございません。出来立ての曲でしたから・・・・。
しかし今曲名をつけるとしましたら・・・・そうですね・・・。
“乱れゆくディアナ"、というのはいかがでしょうか・・・・? 」
「“乱れゆくディアナ"っ・・・?!」
「・・はい、この曲には1種の媚薬効果もございますので・・・・・」 思わず無礼な、という言葉がディアナの口から出かかったが、なぜかその叱責が発せられることはなかった。
ディアナの背後にいる詩人の右手がスゥッと白いドレス越しにディアナの乳房に触れてきたからだろうか。
先程までリュートを操ってきた詩人の指が、ディアナの肌を優しくなぞりディアナは思わずうつむき、そこからの刺激に耐えようとする。
だが いつものようにこの“無礼者"を恫喝し、その無礼を咎め、その手を振り払うことができなかった。
何か別の力が働いているかのように、ディアナは動けなかったのだ。