『Twins&Lovers』-76
ふたみの思考は、先週の記憶を辿っている。
それは、ふたみが愛読している新刊の小説を、隣街の大きな本屋まで求めに行った帰りの電車の中でのこと。
ちょうど帰宅ラッシュと重なってしまい、詰め込み状態となった車内で、それは起こった。
(あ……)
始めは小さな違和感だった。しかし、それはやがて腹部全体を覆うようにじくじくと広がっていく。すこし、息苦しさを覚えるぐらいに、鈍い痛みが増してくる。
(こんなときに……)
それは、人間にとって一番苦しい生理現象の現れだった。しかも、不幸なことに、いわゆる“大きな”方の。
ふたみは、体を緊張させて、それ以上の痛みの広がりがないように祈った。今の段階ならば、我慢とかいう苦しみを、強いて味わうほどの痛みではないからだ。それに、ふたみが降りる駅はあと3つ。余裕は、あった。
一つ目の駅で停車した電車は、しかし、それほど多くの客足を吐き出さなかった。それはすなわち、車内の密集度が減らなかったことになる。
あまり人ごみを得意としないふたみは、それだけでも辛かった。
きゅる………。
腹部が、かすかに悲鳴をあげた。それは、苦しみの度合いが、新しい段階へ移ったことの証。思ったよりも、進行が早い。
(まずい……かな)
ふたみが、少し不安を覚えた瞬間だった。
きゅる、きゅるきゅるきゅるきゅる!!
(――――っっ!!)
鈍痛と共に、唸りを上げる下腹。その原因となっている中のものが、一斉に駆け下り、ふたみの直腸を襲う。
必死に体を強張らせ、老廃物の噴出をこらえる。言いようのない悪寒が、脊髄を中心に全身へと散らばって、冷や汗に額が濡れた。
(う、う………)
人目もある。あからさまな気の紛らし方は、あまりできない。かといって、この直立の状態は、重力さえも自分の敵に廻してしまうことになる。
ガタッ――――。
カーブに差し掛かったため、人の群れが波打った。むろん、ふたみもその波の中で、人に押された。
(あ、あああうううう!)
誰かの鞄らしき固い物体が、腹部を圧迫した。ただでさえ、張り詰めつつあるその部分への打撃に、ふたみの生理現象は、開放への加速度を増幅させてしまった。
ぐ、ぐぐぐ………。
内側から降伏を迫る、動物としての本能。それに抗う、人としての理性。内なるふたみの戦いは、明らかに劣勢であった。
(次の……)
社会的破滅を回避するには、次の駅で降りるしかない。もう、とても、家どころか降りる駅まで堪えられそうにない。そう判断したふたみは、トイレが在るかもわからない、降りたこともない駅にすがるしかなかった。
(ん……)
そう覚悟を決めたのがよかったのか、幸いに、下腹の氾濫が少しだけ治まった気がした。違和感はまだあるものの、次の停車駅まではほんの2分ばかり。これならば、きっと耐えられるだろう。
正直、ふたみは安堵した。
(あれ……)
小康を保ち、少しだけ冷静さを取り戻したふたみは、自分の臀部にある違和感に気づいた。始めは、密集状態であるが故に誰かの手の甲が知らず触れているのだと思ったが、しかし、継続的に自分の臀部を撫で回すその行為は、あきらかに意図的である。
(!!)
ふたみの体に、今度は別の冷たさが襲い掛かった。いわゆる痴漢行為を、受けていることに気づいたからだ。
さわさわと、スカート越しに尻のラインを撫で回していたかと思えば、剥き出しの太ももに指を滑らせていく。
あまりにも、おぞましいその手つきに、ふたみは戦慄した。