『Twins&Lovers』-13
勇太郎にも両親はいない。彼の両親は、勇太郎がおしゃべりを覚えるよりも早く、事故で亡くなってしまったのだ。以来、文章家である祖父に引き取られた彼は、ふたりで生活してきた。
祖父の安堂郷吉は、既述の通り官能小説家<安納郷市(あのうごうし)>で、勇太郎をひきとった時分には既にかなりの名声を得ており、生活する分にはなんの不自由もなかった。
ただ、男である郷吉が持っているのは父性であり、そのため、勇太郎は長い間、“母性”を持つ家族の存在を知らなかった。お手伝いさんが、時折面倒を見てくれはしたが、あくまで外の人である。家族の中に見る母性をほとんど知らないまま、勇太郎は成長した。
それでも、心優しい少年に育ったのは、郷吉の陰徳である。勇太郎は、快活で物知りなこの祖父を敬愛していたし、郷吉もまたその思いに応えようと、自分のできる全てを勇太郎の養育に注いできた。時に厳しく、そして優しく。勇太郎の自然な成長をなにひとつ阻害することなく、穏やかに彼を導いてきた――――。
「おはよう、ございます」
勇太郎は、安堂姉妹の玄関にいた。一週間前から、朝食はこの家で食べるようになっている。比例して、恐ろしく早起きにもなっている。
「おお。おはよう勇ちゃん」
弥生が、ゆるゆると廊下を歩いていた。小柄なこのおばあちゃんは、腰こそ少し曲がってはいるものの、足取りはしっかりしたものだ。おそらく、祖父の郷吉と同年代のひとなのだろうが、今は病院に入りっきりの郷吉とは違い、いかにも健康だ。
ちなみに、勇太郎とひとみの仲を、真っ先に看破したのはこの弥生である。始め、二人は、弥生やふたみには黙っていようと確認しあっていたのだが、弥生はあっさりと口にしたものだ。
『良かったねぇ。勇ちゃんと、いい仲になれたのかい』
ひとみは、答えが顔に出た。いつもながら祖母のカンの良さには参ってしまう。
次いで、勇太郎に、
『勇ちゃん、ひとみをよろしくねえ』
と屈託もなく言って、彼をどぎまぎさせた。
それにしても、この弥生の理解力は、度を越えたものがあるかもしれない。
ときどき、ひとみが勇太郎の家で泊まったりすることもあったが、朝帰りのひとみを迎えたときも、にこにこと笑うだけで何も言わないのだ。若い男女が一つ屋根で夜を明かしたと言えば、その道を通ってきた弥生にはなにかと察しはつくだろうに。
あまりに屈託のないその弥生の微笑みに、ひとみは逆に恐縮して、勇太郎の家に泊まるのは頻繁にはしないことにした。
それでも、覚えたばかりの快楽を止めることなどできないから、なにかと合間を見ては勇太郎の家に通い、密な時間を過ごしている。
実は、昨夜も蒸すような時間を持った。そのため、勇太郎は寝不足だ。
「おはよう、お兄ちゃん」
食卓には、ふたみがもう制服に着替えて、座っていた。
「ああ、ふたみちゃんも早いね」
この安堂姉妹は、弥生の影響か朝が頗る早い。7時に、全員が揃って食卓につく光景が、今の日本にどれだけあるだろうか。
もくもくと、ひとみが用意してくれた朝食を平らげる。白ご飯、焼き鮭、味噌汁……おそらく漬物は弥生が漬けた物だろう。古き良き、日本の膳だ
トースト2枚とコーヒーが、朝の定番だった勇太郎の感激は言うまでもない。料理の上手な女性に対し、世の男性のほとんどが結婚を考えたときめきを覚えるのは、業としかいいようがないだろう。
「今日は、検診の日だね」
不意にひとみが、カレンダーを見てそういった。赤い丸がついている日は、弥生が内科の定期検診を受けるために、二駅隣の城南大付属病院へ行くことになっている日なのだ。
「私の番だね」
姉妹は、変わりばんこにその検診に付き添っている。先週は、ふたみがそうであったから、今週はひとみの番ということだ。
「おねがいねえ、ひとみ」
弥生にとっては、味気のない検診に赴かなければならない物憂い日のはずだ。しかし、愛らしい孫と過ごせる日ということで、とても楽しみにしていた。