『Twins&Lovers』-118
知らず、家まで持ってきてしまった『恋心』。しかし、ふたみは羅列されている文字を追いながら、別のことを考えている。
それは、轟兵太のこと。彼が口にした言葉のこと。そして、その後のふたりのこと。
『ワイ、好き、なんですわ』
最初は、それが自分に向けられたものだとは思わなかった。
『好き……なんですわ』
搾り出すように、言葉を繰り返す兵太。ふたみは、ようやく自分が告白されたことを知った。
『え……あの……』
『まだ会って2週間ぐらいやから、軽い気持ちと思われるかも知らんけど、ワイ、ふたみちゃんのこと、本気で好きになってもうたんや!』
兵太の言葉が、感情的になってきた。おそらく、彼も、用意していた台詞などとうに忘れているだろう。
『よかったら、その……ワイと、つきおうて欲しい……』
『………』
ふたみの頬に血が昇る。
あの日、痴漢から助けられて以来、いつのまにか、自分の心の中に入ってきた影の人。その人から、好きだといわれている今の自分。
あまりにも急な出来事の連続に、その時、ふたみの思考は回路不全を起こしかけていた。
『あ、あの……』
だから、ふたみはどうしても言葉が出なかった。気持ちは……この人への思いの形は、もうほとんど決まっているものなのに。
『……え、え、あ、あの、ふたみちゃん――――――』
しかし、その代わりに、別の行動で気持ちを示した。
兵太のそばに寄り、そっと顔を持ち上げる。彼はそんなに背が高くなかったから、無理な背伸びをしなくても、その“場所”に届いた。
自分を好きだといってくれた唇に――――そっと、唇で触れる。
『…………』
夕映えが闇夜に変わる刹那の隙間。
かすかな紅い灯火のなかで、ふたつの影はしばらくひとつになっていた。
「どないしたんやろうね、この子は」
弓子は、居間のソファに身体を預けて、呆然と天井ばかり見ている愛息の様子に首をかしげている。
なぜなら、
「兵太、御飯できとるよ」
「あー……」
「兵太、風呂わいとるよ」
「あー……」
一事が万事、この調子なのだ。
「ふたみちゃんに、ふられたんか?」
埒があかないので、直球勝負にでてみた。
「…………」
ぼ、と兵太の顔が茹で上がる。色白なだけに、その過程が良くわかって楽しい。
「なんや、上手くいったんか」
相変わらず愛息は、別の世界に魂を漂わせている。弓子は言葉もなく、ただため息をつくばかりだ。
しかし、ふ、と穏やかな微笑を浮かべ、
「チケット、無駄にならんでよかったわ」
と、独り言のように呟いた。いや、実際の話、独り言のつもりだった。
「あー!!!」
ところがそれに反応したように兵太が、奇声を発してソファから飛び跳ねた。さすがに虚をつかれ、弓子は後ずさる。
「ワイ、大事なこと言うたけど、肝心なこと忘れとった!」
「な、なんやの、わけわからん」
兵太は弓子の呟きも耳に入らない様子で、慌てたように廊下に飛び出すと、受話器に手をかけていた。忙しなく指を動かし、ナンバーを打ち込む。一度、受話器を下ろしたのはきっと番号を間違えたのだろう。
(なにを慌てとるんやろうね、あの子は……)