『Twins&Lovers』-113
『…………
「おまえ、なにやってんだ！」
思わずジローは、叫んでいた。すぐに自分が持っている傘の中に、サキを入れる。
「ジロー……」
雨に濡れきった髪はつぶれ、額に張り付いた前髪から雫が滝のように流れていた。夕方から降り出した雨は、日が暮れている今でも降り続けているのだ。
「……なんで、こんなところに、いるの？」
消え入りそうな、サキの声。俯いたままのその姿に、いつもの勝気な様子は微塵もない。
「いいの？ こんなとこにいて……アマノさん、待ってるよ……」
「バカ！」
ジローは傘を捨て、サキの両肩を掴んだ。大分弱まったとはいえ、継続的な雨脚が、たちまちジローの身体も濡らしていく。
「……これ、おまえだろ」
ジローがポケットをまさぐり、紙片を取り出した。瞬く間に雨にぬれ、インクの字がにじんでいく。だが、ジローはしっかりとその内容を記憶している。
「俺たちが、よく遊んでた場所……秘密基地……忘れるもんか」
人気も何もない、古びた境内のある裏山の一角。ここで、自分を待つことのできる人物といえば、ふたりといない。
アマノ・ユリネへの返事の言葉が見つからないまま金曜日の放課後を迎え、靴を取り替えようと下駄箱の扉をひらいたときに、なにやらノートの紙片が置かれていた。
そして、そこにはただひとこと、
『想い出の場所にいるから………』
とだけ記してあった。
迷いの中にいたジローは、見慣れた筆跡を目の当たりにしたその瞬間、アマノへの返事を決めた。
おりしも激しい夕立が降り始めた中、玄関にある傘を一本拝借し、紙片が指し示す場所へ向かった彼は、予想の通り、雨に霞んでしまいそうなぐらい心細げなサキの姿を見つけたのだ。
「………アマノには、断ったよ」
「………」
「すんげえ、泣かせちゃったんだぞ……でも、最後は笑ってくれた」
「……？」
「好きなヤツがもういるんだって、言ったから」
「……！」
「サキ、お前のことだぞ、わかってんだろうな？」
「う、ううう……ジロー……」
ぐす、ぐす、と俯いたままサキは嗚咽を漏らし始めた。頭を、ジローの胸に預け、両腕をその背中に廻して、彼女は泣いた。
「サキ……」
ついぞ、久しく見ることのなかった幼なじみの泣く姿。彼女の中にある苦悩が、どれほど強いものだったかわかる。
「いいの？……ほんとにいいの？」
「………」
「あたし、ひどいよ。アマノさんから、横取りするみたいにして……。そんな女だよ……」
ぎゅ、とジローは答えの代わりに強くサキを抱きしめた。なんて、華奢な身体だろうと思う。
「だけど、俺は好きなんだよ。お前が、好きだ」
「ジロー……あたし……あたし………う、う、うああぁぁぁぁぁぁ！！」
嗚咽は激しさを増す。まるで、何かをねだる幼子のように、サキは泣き続けた。
いつまでも雨に打たれているわけにはいかないので、とりあえず古びた境内に移動する。ぎぃ、とありがちな音を立てて開いたその中には、何かを奉る建物とは思えないほどに閑散としていた。
それでも、天井のつくりなどは頑丈で丁寧だったらしく、雨漏りなどはいっさいない。非常に、助かることではある。