〜再会〜-1
夕方の幹線路──。昼間は、比較的スムーズだった車の流れも、再びラッシュの様相を表し始めた。
黄昏色に輝くアスファルト上で数珠繋ぎとなった車の群は、ストップ・アンド・ゴーを繰り返しながら、ノロノロと行進する。
時折、聞こえて来るクラクションの音は喧騒さを助長し、さしずめ、ドライバーの忍耐力を試しているかとさえ思えてしまう。
そんな、焦燥感に満ちた場所で俺は、後輩の吉川が運転する営業車の助手席にいた。
「毎度々……嫌になりますね」
吉川が、不満を口にする。前方に向けた眼差しは、明らかに苛立ちを顕していた。
「仕方ないさ。皆が、我先にと争ってるんだから」
「ま、まあ……そうなんですけどね」
同意を求めたつもりが、逆に諭された事により、吉川は、拗ねた子供みたいに口を尖らせた。
人として良い奴なんだが、直情的な上に、物事を四角四面に捉えてしまうのが玉に瑕だ。
苛々したからって、状況が好転する訳じゃない。こういう時こそ、如何にリラックスするかが大事であり、そうなる様に仕向けてやるのも、同乗者で先輩でも有る俺の役目だ。
「ほら、そんな難しい顔してっと、長岡に嫌われるぞ」
ラジオのスイッチをオンにして、そう宥(なだ)めたつもりだが、何故か吉川は狼狽え、みるみる紅くなった。
「な、何なんですか!急に。突然、変な事言って」
「変か?。彼女しっかり者だし美人じゃないか。誰だって、好きになるさ」
長岡莉穂は、今年、我が社に中途採用された社員で、その端正な顔立ちは素より、総合職として採用されたという経緯も合わさって、美貌だけでなく聡明さも兼ね備えた才女だと、多くの男性社員からの注目を集めていて、言うまでもなく吉川も、その中の一人である。
俺達が所属する営業部は二階で、長岡が配属された総務部は一つ上の三階に有るのだが、総務部に用事が出来る毎に自ら買って出る程、彼女に惹かれていた。
しかし、いざ、長岡と相対しすると吉川は、借りてきた猫の様に怖じ気付いてしまい、仕事以外の会話は今一つ盛り上がりに欠ける様で、結果、未だ、何の進展も上げていないようだ。
毎度々、三階から戻って来た吉川が見せる酷い落ち込み様は、営業部の誰もが知るところである。本人は、至って真剣かも知れないが、俺には、そんな吉川が見せる一途な一面が実に微笑ましく思え、つい、揶揄(からか)ってやりたくなるものだ。
「一人、悶々としてたって埒が開かないだろう。思い切って誘ってみろよ」
「そうは言っても……」
此方の問い掛けに、返って来るのは力無い声ばかり。これ迄の不首尾ぶりが余程堪えたのか、人一倍、臆病になっている。
「確かに、社内恋愛って言うのは、ネックかもなあ」
「やっぱりそう思います?」
「ああ。でもなあ、どっちにしろ言わなきゃ先へ進めないぞ」
「そうなんですよねえ……」
吉川は、溜め息を吐くと口唇を噛み締めた。
俺に言われる迄もなく、どうするべきかは解かっている。解ってはいるのだが、一歩、踏み出すだけの勇気が出ない。
思い通りに出来ない故の歯痒さから、自分で自分を苛(さいな)めてる様に、俺には見えた。
「帰り、飯でも行くか?」
「えっ?」
「愚痴を聞いてやるっつってんだよ!」
こんな時、気の利いた言葉で励ましてやれれば良いのだが、いかんせん俺に、そんな器用な部分が備わってるはずも無く、その上、他人への助言なんて立派な事が出来る程、深い人生経験を積んでいない。
(本当の俺を知ったら、コイツはどんな反応をするだろうか……)
未だ、過去を引き摺って生きてるだけの、情けない男だという事を知ったら──。