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紡ぐ雨
【SM 官能小説】

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志津絵-8

 志津絵が乱れた着物の前を掻き合わせ起き上がって彼を見ていた。
かわいそうなくらい彼女の髪は乱れていた。
「すみませんでした、僕は……どうかしていました」
許してください。と土下座した。
「いいんです……これは熱がさせたこと。忘れましょう」
志津絵は立ち上がって後ろを向くと、急いで着物を直した。
「お願いします。先生には」
「わかっています。何も言いません」
「本当に、すみませんでした」
丈太郎は合わせる顔もなく、背を向けて部屋へ戻ろうとした。
「丈太郎さん」
名前を呼ばれて立ち止まった。
「きっと、あなたでは私を満足させることはできないわ。いいえ、誤解なさらないで。不慣れなあなたを責めているんじゃないの。これは私の問題なの。だから忘れてちょうだい」
丈太郎は返事もできずにそのまま階段を上がって行った。
部屋に戻った丈太郎は頭を抱えて、声を殺して泣いた。
自分のしたことの浅ましさや、志津絵の言葉が離れなかった。
”あなたでは私を満足させることはできないわ“
あの夫婦がどんなセックスをしているのかは知らない。しかし、丈太郎が盗み見た行為は、とてもセックスと呼べるものではなく世にいうところの前戯と言うものだった。
あれだけのことで喜びの声を上げていた彼女が、自分の行為では満足できないと言う。
そう言われるほど、自分の行為はぎこちなかったのだろう。あるいは夫婦にしかできない、彼らだけの繋がりが彼女をあそこまで喜ばせたのかもしれない。
どちらにせよ自分のしたことを正当化できるわけもなく、丈太郎は理性を抑えることができなかった自分を責めた。
まだ世話になって間もないが、出て行かねばならないかも知れない。
どこか書生を探している家庭を探した方がいい。


夕方になり、梅林が帰宅したようだ。
下で夫を出迎える志津絵の声が聞こえる。いつもと変わらぬ、上品で貞淑な妻の声だった。
とてもあの二人と食事などできない。
丈太郎は大して中身の入っていない財布をポケットに入れ、黙って家を出た。
電車に乗り新宿で降りた。
田舎者でさえ、ここは都内でも賑わっている場所だと知っている。
酒は大して飲めないが、屋台の灯かりに吸い寄せられて丈太郎は暖簾を割った。丈太郎がいないことに気づいて、志津絵は心配しているだろうか。それとも、今日あったことを夫に話しているだろうか。
「今日あの学生に襲われたの。あんな人は追い出して下さい」
そう言っているかもしれない。
目の前にコップ酒が置かれた。隣は会社帰りの中年男たちが大きな声で仕事先の話をしている。丈太郎はコップを手に取るといきなり流し込むようにして酒を飲んだ。咳き込む丈太郎を、会社員たちは驚いて会話を止めて見ていた。
口の中と喉がアルコールで焼け付くようだった。鼻から抜ける息がすでに酒臭い。それでも構わず残りを飲み込んだ。
コップ酒を2杯ほどひっかけ、ぐるぐる回る頭で屋台を離れると、丈太郎の足は勝手に賑やかな方へと向かった。
 きれいな女たちが楽しそうに笑いながら通り過ぎる。
あんな顔をして、きっとセックスするときには乱れるんだろうなぁ。
そんなことを考えていると、自然に顔は笑っていた。女なんて、わけがわからない。「いや、だめ」と口で言っていても、あの時の志津絵は体が反応していたではないか。
「なんだって言うんだ……子供だと思ってバカにしてやがる」
ふらついた拍子に前から来た男にぶつかった。
「あ、すいま……」
「てめぇ、人にぶつかっておいてこのまま通り過ぎる気か!」
いきなり胸倉を掴まれた。
「い、いえ。すみませんと……」
「おい、兄ちゃん。てめぇ酒臭いな。お前の酒の匂いが染み付いたらどうしてくれるんだ!!」
「い、いえ。ちょっと肩がぶつかっただけじゃないですか」
言い終わるか終らないうちに、丈太郎は顎に衝撃を食らっていた。
「てめぇからぶつかっておいて、ちょっとだと?ふざけるなよこの野郎!!」
更に殴られ、丈太郎は道路に倒れた。
「ちょっと、あんた。いい加減にしなさいよ」
後ろにいた派手な女が見かねて止めに入った。
人々が遠巻きにみている。自分に火の粉がかからぬように、誰も止めには入らなかった。
「ほら、もう行こうよ」
女はそう言うと、男の腕を引っ張り離れて行った。
冷たい道路に横になりながら、丈太郎は痛みと惨めさに泣いていた。
俺はこんなところでなにをしているんだろう。俺は東京に学びに来たはずなのに、大学が始まる前にこんなことに巻き込まれて。
俺は教師になるんじゃなかったのか……?口の中に血の味が広がった。

やがて、誰が呼んだのか二人の警官が駆けつけ丈太郎は保護された。



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