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紡ぐ雨
【SM 官能小説】

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志津絵-26

 丈太郎は服を身につけ、壁に凭れていた。
梅林はキャンバスに向かったままだ。神経は今、すべてこの平面に注がれているのだろう。
 志津絵は這うように戸を開けると、全裸のまま雨の庭へ降りて行った。

 もう、自分がここにいる理由はない。
丈太郎はゆっくり立ち上がると、黙って部屋を出た。
門を開けて外に出る時、そっと志津絵を振り返った。
志津絵は微笑みながら手を広げ、全身で雨を受け入れるように空を仰いで立っていた。
 まるで鉄の固まりを飲み込んだように、重いものを抱えて丈太郎は雨の道を歩いた。



 丈太郎は東京市の教員採用試験に合格し、この春から中学校の歴史の教員となった。

 田舎の両親や、冨美子からは「なぜ故郷に戻らないのか」と責められたが、4年間都会で暮らした若い丈太郎には、東京で教師になる魅力を捨てることはできなかったのだ。

 あの日から、梅林家には近づかなかった。
元々近所とはあまり付き合いのなかった梅林である。これと言って噂話も耳に入って来なかった。
 あの日描いていた絵が完成したのかさえもわからない。それほどまでに、疎遠な街でもあった。
洋装の人々が多い中、着物を着た女を見かけると思わず追いかけて顔を確かめたくなる衝動に駆られることもあったが、そのたびに丈太郎はもう、彼らに囚われるのはやめたはずだと自分に言い聞かせていた。


 夏には冨美子が親の反対を押し切って上京して来た。
 田舎に戻らない丈太郎に業を煮やしての行動だったが、特に恋人もいなかった丈太郎は4年も待ち続けた彼女の気持ちを素直に受け入れることができた。
 蒸し暑い丈太郎の下宿で声を殺し肌を合わせる二人だったが、それなりに楽しかったし、垢抜けない冨美子ではあったがこのまま彼女を愛していけるとも思った。

 あの人が特別だったに過ぎない。本来、女と言うのはこう言うものだろう。部屋に入って来た冨美子が何を期待しているかはわかる。だが、そんなことは露ほども思っていないと言う素振りをするのだ。
男の礼儀だと、丈太郎から体を求めれば恥ずかしそうに一度は拒否する謙虚さも持ち合わせている。
 大きく足を開き、自分を招き入れるような真似は冨美子にはできないことだろう。そして丈太郎もまた、そんな淫らな姿を彼女に求めたことはない。
 志津絵だからできたことであり、志津絵だからこそ受け入れたのだ。
 冨美子が銀座にカフェの女給の仕事が決まり、いずれはこのまま結婚するのだろうな、と他人事のように思っていた矢先であった。

 丈太郎は新聞の訃報欄に一人の名前を見つけた。
 梅林順斎が、心不全で亡くなったと言う小さな記事だった。


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