志津絵-22
「私は嫉妬したよ。今までの学生にも、君にも。夜になって私は志津絵に、どこをどんな風に愛撫されたか、どんな風に感じたのか、どんな言葉を使ったのかまで問いただした。
志津絵は素直に答えたよ。体は感じたとも言っていた。しかし、志津絵は心から満たされたわけじゃない。あれにはもう、普通のセックスでは満足できないほどの欲求が生まれているんだ」
丈太郎は志津絵の言葉を思い出していた。
「あなたでは私を満足させることはできない」と。
そして「私の本性を知ったらきっと軽蔑するわ」とも。
君にもわかると思うが、被虐嗜好の人間を満足させるほどの縛り方は素人ではできない。下手な縛り方をすれば、命にも関わってくる。私にはもう限界だ。
「それで……?」
丈太郎は恐る恐る尋ねた。踏み込んではいけない一歩を踏み出した気がした。
「いや。君に話すことはもうない。出て行くと言うなら止めないよ。巻き込んでしまって済まなかった」
梅林はそう言うと頭を下げた。
「僕は。僕は……」
丈太郎はなぜか涙を流していた。
異常だと罵ったことを、今になって後悔していた。だが、ここから先はどうやっても立ち入ることができない世界だ。
たとえ自分には理解しがたい世界であっても、それを責める権利などどこにもない。
「お世話になりました」
丈太郎は涙を拭うと、そう言って頭を下げ居間を出た。
ここに来た時と同様、丈太郎の荷物は少なかった。
増えたものと言えば教科書の類だ。
ダンボールに詰め、新聞屋の車で運んでもらう手はずになっている。
「丈太郎さん」
荷物を詰める手を止めた。
志津絵は部屋の前で正座し、手をついて頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。あなたに恥をかかせたことを、心からお詫びいたします」
丈太郎は志津絵に向き直った。少し疲れたような表情さえ、志津絵と言う大輪の花を美しく見せていた。
「僕のほうこそ、何もわかっていないくせにひどいことを言いました」
志津絵は首を振った。
「私のどうしようもない性癖は、先生からお聞きになったでしょう?子供の頃からそうだったんですよ。例えば、うちは貧乏な農家だったのですけど、私だけ仕事が遅くていつも最後になってしまうんです。兄さんたちは、さっさと帰ってしまう。
田舎ですから、冬は真っ暗になるんですけどね。置いて行かれるのは怖くて嫌なんですけど、逆に置いて行かれる感覚が……あそこがうずうずして来るようで」
おかしいですね。
「志津絵さん、僕はあなたが好きです。でも、僕ではあなたを救えない。ただのセックスであなたが喜んでくれるなら、僕はいくらだってあなたを抱きたい。でも、僕には……あなたを苛めるなんてできない」
志津絵はゆっくりと首を振った。
「いいんです。私はあなたを利用したんですもの。誰だってこんな女は気持ちが悪いでしょう。私には、先生しかいないのです」