J-1
漆黒の闇が、徐々に薄れて行き、やがて空は、あざみ色へと移り変わる。
殆どの村人は未だ、眠りの中に有る黎明の時刻。そんな早朝から雛子は台所にいた。
「うわぁ……」
重いお釜の蓋を一気に持ち上げると、勢いよく甘い香りの湯気が立ち昇り、辺りを包み込む。
湯気の先には、蒸らし終えた白飯が、艶々で美味しそうな顔を覗かせている。見つめる雛子の顔も思わず綻ぶ。子供の頃からそうだった。
「うん!上出来々」
一人、出来具合に満足する雛子。予め、水桶に浸けた杓文字を手に取ると、出来立ての白飯に突き立てた。
「急がないと……吉岡さんが来ちゃう」
表面に縦、横と十字に切り込みを入れ、その真ん中辺りを少量、小皿によそい取ると、台所の東側、一間程の高さに祀ってある神棚に、湯飲みに入れた水と一緒に供える。
火の神様だ──。何時から在ったかは不明である。多分、前の住人が施したのだろう。それを今は、雛子が引き継いでいた。
本来は榊を飾ったり、神饌として米や塩等を供えるのだが、雛子は、そこまでの信心も無いだけでなく、掛けるだけの余裕も無い。それ故、神様には辛抱して貰っている次第だ。
炊いた御飯は、先ず、神様やご先祖様へ供える──。幼少の頃、何とも不思議な慣習だと思えて仕方なかったが、意味を知った今では、良い習わしだと思える。
「あちち……」
お供えを終え、雛子は白飯を全体に混ぜ込むと、おにぎり作りに掛かった。
水桶で手を濡らして掌に塩をまぶし、出来たての白飯を杓文字で適当に掬い取ると、左の掌で受けた。
灼ける様な熱さで、思わず顔をしかめる。
「よっ、ほっ、ほい!」
瞬間に白飯を握り、次の一瞬は宙に転がす。これを繰り返す内に、火傷しそうに熱い白飯が、次第に、おにぎりへと形を変えた。
「よしっ!いっちょ上がり」
予め用意した竹皮の上に、おにぎりを乗せて行く。雛子の掌は真っ赤になり、じんじんと疼痛が走る。両手を、さっと水桶の中に突っ込んだ。
水が掌の熱を奪い、心地が良い。雛子の頬が、思わず緩む。
「ふぅ〜っ」
掌を擦り合わせ、手早く白飯の滑りを取り除いて、
「よしっ!次」
再び掌に塩をまぶし、意気軒昂と二つ目に取り掛かった。