J-19
楽しい宴も、二時間足らずと言う短時間で散会となった。
雛子と林田は、吉岡と高坂、そして高坂の家人へ暇(いとま)を告げて、帰路に発つ。
「だ、大丈夫ですってば!」
「大丈夫って、足許ふらふらじゃないですかっ」
「うるさいなあ!大丈夫なの」
林田は、断る雛子を無視して送ろうとする。確かに、足許はふらついて、実に危なっかしい。
林田はとにかく、千鳥歩きで先を行く雛子の後を、付き添う形で送って行く事にした。
「あの……雛子先生」
もうすぐ、雛子の家だという所で、それ迄、無言だった林田が唐突に声を挙げた。
「な、何ですか?」
いきなりの事に、陶酔していた雛子は、思わず身構えた。
一瞬の沈黙を置いて、林田は真っ直ぐに雛子を見つめ、言葉を切り出した。
「さっき……ああ、学校での件も含めて、本当に申し訳ありませんでした」
夜明かりに映る林田の顔は、何時に無く神妙そうだ。
普段と異なる雰囲気は、雛子を戸惑わせる。「どう接するべきか?」と、考えていた矢先、彼女の脳裡に、子供逹の笑顔が浮かんだ。
「……もう、この件は辞めましょう。これ以上は、子供逹を不幸にしてしまいます」
和解を表す言葉──。耳にした林田の顔が、安堵と共に崩れて行く。その表情は、今迄、雛子が目にした事も無い、呆けた顔になっていた。
「いやあ、良かった!貴女から徹底的に嫌われたら、どうしようかと思いましたよ」
「それは、今後の努・力・次・第です」
手放しに喜んでいる林田に、雛子は、釘を刺すのを忘れない。
「ちゃんと、判ってますって」
「本当かしら?信じられな〜い」
おどけた様に返事をした雛子は、再び歩みを進め出した。
さっき迄の千鳥歩きで無く、しゃんとしている。が、その足取りは、随分とのんびりだ。
後ろから付いて行く林田の耳に、何やらメロディが聞こえて来た。
※1「♪しずうかぁにぃ、しずうかぁにぃ、手をとぉりぃ、手をとぉりぃ♪」
雛子は歌っていた。
後ろに手を組み、夜空を仰ぎみて歌う様は、月の明かりに浮かび上がり、一種、可憐な雰囲気を醸していた。
※1「♪あなぁたぁのぉ、ささぁやきはぁ、アカシアのぉ、香りよぉ♪」
「星影の小径ですか?」
黙って聞いていた林田が、我慢出来ずに訊いた。
途中で邪魔された雛子は、気にも止めずに、くるりと林田の方を向いた。
「この歌、知ってるんですか?」
「勿論です。小畑実の放つ、甘い声が何とも良い」
林田の感想に雛子も、にっこりと笑って頷いている。
「私、この歌を初めて聴いたのが大学に入り立ての頃でした。初めて聴いた瞬間、歌詞が凄く素敵だなって!」
目を輝かせて、熱っぽく語る雛子。この曲への思い入れは、並々ならぬ物が有るようだ。