WHO ARE YOU?-1
目を覚ますと見慣れない部屋の天井に、ほんの一瞬戸惑った。
ああ、そうか。
夕べあの女と……。
ベッドに、すでに女の姿はなかった。シャワールームにいる気配もない。
ラブホテルのお飾りのような窓は閉め切ったままで、外の様子もわからない。
緩慢な動きでベッドを出ると、壁際にかけた上着からスマホを出して時間を見た。
9時23分。
こう言うところは10時チェックアウトじゃなかったか。
まさかと思って、内ポケットの財布を確かめたが金が抜かれていることもなかった。
そういえば、ホテルのドアを開けようとしたとたん恐いお兄さんが「俺の女に手を出した」などと凄んでくることもなかったな。
名前も知らないままいなくなったあの女は何者だったんだろうか。
さしずめ、行きずりの男と寝ることに慣れている女だろうが。
ネットの都市伝説にあるようなAIDSの道連れと言うこともあるまい。
シャワーを使いにバスルームに入ると、床はまだ濡れていた。
それがまるで彼女の存在証明のように。
急いで身支度を整えホテルを出た。
家に帰る途中カフェに寄り熱いコーヒーを飲んで頭をすっきりさせた。
夢だったのかな。
いや、そんなはずはない。彼女の体のぬくもりは、まだこの手のひらに残っている。喘ぎ声も、髪の匂いも、愛液の味も。
不覚にもそこで勃起してしまい、俺は居住まいを正した。
どこかに名前や連絡先を残してしているのではないかと、チェックアウトの前に部屋を見回したがそんなものはどこにもなかった。
30過ぎの平凡なサラリーマンにも、こんな御伽噺のようなことが起きるのだとどこか感動したような気分になってカフェを後にした。
あの女のことを忘れたわけではなかったが、探す手立てもなく一週間が過ぎた。なんでも、同じ部署の仲間が来月結婚するとかで、面倒なことに当日の受付を押し付けられた。
断ったら、なら余興でなにか披露しろと言うので仕方なく受付を選んだ。
こう言う話に女子社員は敏感だ。
相手の花嫁は何歳だの、どこに勤めているだの、当日は何を着よう、お祝いはいくら包もうかとそれはやかましい。
「聞いたわ。私も受付なのよ」
と声をかけて来たのは彼女だった。彼女は営業事務だ。
「俺はそんなのやったことないし、よくわからないんだけど、まぁ立ってりゃいいんだよな」
「そうね。記帳をお願いすればいいんじゃないかな。私も初めてなんでわからないけど」
「まぁ近くなったら打ち合わせしよう」
「打ち合わせ?デートじゃなくて?」
「あ、ああ。そうだな、時間を作るよ」
「まったく毎回そう言ってるわね」
彼女は呆れたような、諦めたような曖昧な笑顔でデスクに戻って行った。