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N県警察
【サスペンス 推理小説】

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N県警察〜粛正の夏・都築啓介の章〜-1

 光ヶ丘署刑事課は閑散としていた。
 署長室から戻ってきた都築は、自分の席に腰をおろした。左手には、署長から渡された書類があった。
 飛松駅での仁科裕明の調書。
 概要はこうだ。
 午前7時00分S駅始発のN駅行き9両編成快速列車の4両目。飛松駅の2つ前の停車駅、I駅から乗車した裕明は身動きがとれない満員電車の中で、前方にいた女性の体を故意に触った。女性は恐怖と戦い、勇気を出して「やめて下さい」と、周りの乗客に助けを求めた。裕明は3人の男性客に捕えられ、直後に停車した飛松駅の鉄道警察にて現行犯逮捕された。
 この調書は、鉄道警察から連絡を受けた都築が、駅に到着する前に仁科交通部長が権力にものを言わせて奪っていき、更にそれを先の部長室でのやりとりで松田署長が受け取った物だった。
 都築は、数分後にはシュレッダーにかけねばならない調書の続きを読んだ。
 ━━え?
 被害者の女性の欄を見た。
 瞬間、目を疑った。
 まさか!
 2枚目を見た。住所は━━あった。同じだ。
 被害者の名前は桜井由美子。24歳。N市内会社員。
 全てが一致する。名前も、住所さえも。都築が交際している女性と。
 なんてこった……。
 思った次の瞬間には、仁科親子に対する憎悪がそれまでとは比較にならない程に膨張していた。
 許せねえ。
 松田の話によると、裕明は笑っていたという。
 何処まで腐りきってやがる。痴漢野郎も、あの腹の出た交通部長も。
 ブッ殺す!
 署長命令など頭から完全に消え去っていた。この日、シュレッダーは作動しなかった。
 都築は由美子に電話をした。警察官としてではなく、由美子を愛する男として。
 電話をしたは良いが、かける言葉がなかった。由美子は気丈に振る舞ってはいたが、時折声を詰まらせたりした。どうやら既に仁科から示談の話が入っているらしかった。
 「奴を必ず逮捕するから」
 都築は最後にそう言って、電話を切った。自己満足だとわかっていた。奴を逮捕したところで、彼女が受けた傷は癒されない。
 だが、由美子を自らの快楽の為だけに絶望の淵に追いやったあの男だけは許せない。
 奴を監獄にぶち込む。
 クビ。2文字が頭をよぎった。
 奴に手錠をかけるとなると、署長命令を無視する事になる。県警幹部である仁科の怒りもどれ程か。
 最悪クビを免れても離島や過疎地域への配転は避けられない。
 どちらにしても、N県警捜査一課の夢は終える。
 それでも良かった。寧ろ犯罪の片棒を担いでまでなるぐらいなら、こちらから願い下げだった。
 組織捜査に私情は禁物だとわかってはいても、それを抑える事が出来るほど都築は冷静な男ではなかった。


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