犯される母の、その横で-1
樹新(いつきあらた)がこの街に越してきて、今日で一週間になる。
まだ十歳、小学校四年生の新にとって、この七日間はまさに激動の日々であった。
母の恵(めぐみ)と二人、住み慣れた高級マンションを離れて安いアパートで暮らし始め、
姓も本郷から母の旧姓である樹へと変わった。
初めての転校も経験。
知らない学校に、初対面のクラスメート。何もかも不慣れな状況で、時間だけがばたばたと
慌ただしく過ぎていった。
父と母の間に何があったのか、細かい事情は分からない。
だがそれでも、二人の間に埋めようのない溝が横たわっていたことは、子供の新でも容易に
理解することができた。
(とにかく……)
お母さんを大事にしよう。
新は強く、そう思っている。
頑張って勉強して早く立派な大人になろう。そうすれば母に余計な心配をかけずに済むし、
自分の力で守ってあげることだってできるはずだ。
だがその一方で、新は恵と二人だけで過ごすこの暮らしが決して嫌ではなかった。
立派なマンションで両親が言い争う姿を見るより、たとえ貧しいアパートでも、母と二人で
仲よく過ごす方がよほどいいと思えた。
引っ越して以降、生活レベルはぐっと落ち、食事などもかなり質素になっていたが、そんな
ことは新にとって何の問題にもならなかった。
優しくて綺麗な自慢の母と安らかな日々を送れる。それがただ、嬉しかった。
そんなわけで、今日も樹家の夕食は二人だけの簡単なものとなるはずだった。
――なる、はずだったのだが。
この日の食卓は、やけに豪勢だった。
「がっはっは」
新の正面でどっかりとふんぞり返るように座っているのは、見慣れない中年の男。
桐林卓二(きりばやしたくじ)と名乗ったその男は色黒の強面で、昔ヤクザ映画によく出て
いたアニキと呼ばれる俳優にちょっと似ていた。
「おお、おっとっと。こぼれるこぼれる」
恵が注いだビールにおちょぼ口をのばしながら、桐林は上機嫌であった。
「あー、新くんといったか。色々大変だったがもう安心だぞ。おじさんを本当の親父と思って
くれて構わんからな。何かあったらいつでも言え。がっはっは」
豪気にそんなことを言いながらがぶがぶビールを飲み干し、「おう、もう一杯」などと妙に
図々しい態度でおかわりを要求する。