こじらせ処女-1
「……てっ!」
いきなり頭に衝撃。
その痛みに我に返って顔を上げれば、傳田のつり上がった瞳がこちらを睨んでいた。
「社長、何ボケッとしてるんですか。お客さまとの面談中だというのに」
申込書を挟んだバインダーをヒラヒラ揺らしながら、ため息を吐く傳田は、どうやら面談中に別の世界に行ってしまった俺を、強引に呼び戻したらしい。
……つうか、角で殴っただろ。
ヒリヒリ痛む頭を擦りながら、黒いバインダーをチラリと見た。
「いいから、早く面談の続きを再開して下さい。田所様がお困りです」
しかし傳田は相変わらずクールなもんで、コーヒーのおかわりと、個包装されたマドレーヌを田所さんの目の前に置くと、ニッコリ笑って「失礼しました」と、再びパーテーションの向こうへ消えていった。
俺にお茶菓子が無いのと、マグカップを下げていったのは、何かの嫌がらせだろうか。
後に残された微妙な空気に、頭を下げるしかなかった。
「……すみません、お見苦しい所を」
「あ、だ、大丈夫です……」
両手を胸の前で振る田所さんは、さっきよりはいくぶん緊張の糸がほどけたらしく、少しだけ口元が微笑んでいるように見えた。
それがまた、可愛い。
再びお仕事モードに切り替わった俺は、テーブルの上に組んだ手を乗せて、ずいっと詰め寄った。
「それでは、面談の続きを再開させていただきますね」
「はい……」
「田所さんはお一人でのお申し込みですが、お相手は弊社所属のアクターでよろしいでしょうか」
「弊社所属」なんてかっこつけてるけど、男優は俺一人。
男優も募集をしてるのだが、こちらもいまいち集まらない。
もう一人くらい男優がいたら俺は裏方にまわれるから楽なんだよなあ、と現状を嘆きながら、田所さんを見れば。
「は、はい……お願いします」
ん?
一瞬、田所さんの顔が曇ったような気がして、思わず片眉が上がった。
よく見れば、半開きの唇が微かに震え、視線はあちこち動いて定まらない。
そんな彼女の様子に、俺はある懸念を抱く。
もしかして、この娘……。
「いえ、こちらは一向に構わないのですが……。田所様は初めて……なんですよね? その辺りは大丈夫なんですか?」
念押しするように、ゆっくりそう話すと彼女はビクッと身体を震わせた。