秘宝の謎とは-1
「…君たちもジェノサイドの恐ろしさは先ほど見たとおりだ 強大なパワーを持つ秘密組織で全貌もわからん」
岡崎は神妙な口調で口を開く。
「だが、一つ分かっていることは彼らは単なる人間ではない、という事だ」
「人間じゃないってどういうことです?」
身を乗り出す薫。
「人ではないというと語弊があるな、つまりは人間としての戦術を取らない連中という事だよ 一説によると彼らは呪術を用いて、古代の英雄を邪神に変え、魔人を生み出しているようだ」
先ほど秘宝展を襲った者たちをみれば、それが単なる人間ではないことは明らかだった。
「先ほど現れたプルートンなる男… あれはギリシャ神話でも有名な、富を意味する神の名だ だが、呪術よって拝金化する人々の欲望がそれを邪神に変え、冥界を牛耳る地獄王としてこの世に復活を遂げた、そう考えて間違いあるまい」
にわかには信じられぬことだが、あの非道な魔人を見れば、それもありうる話かもしれないと三人は思う。
「日本政府はジェノサイドの侵略活動を阻止する手立てを持たない もはや相手は人間でないのだからね」
日本は国軍こそは持っているものの、その強大な軍事力を使用できるのは国際的な紛争だけに限られている。突発的な国内での侵略行為に備える機転は利かず、法的な整備も未熟だった。第一、人間とは思えぬ、ジェノサイド戦闘員の能力を見れば、軍人とて勝ち目はあるまい。
「ジェノサイドと、三種の神器はどういう関係が!?」
核心に迫ろうとする薫。
「うむ、あの秘宝には強大なる霊力が備わっているのだよ 実はあれは偶然に発掘されたものではない 秘めたるパワーを引き出すため侵略者に抗うために日本政府が管理していたものなんだ だが、今回その霊力にまつわる古文書『日戦神示』を解読する道半ばで秘宝を持ち去られてしまった」
岡崎はコーヒーをひとすすりして続ける。
「だが、日本書紀にも記されている通り、『三種の神器の一つ、八咫の鏡の姿を映しだし、天照大神を招き寄せるものだ』というくだりがヒントにはなる それを秘宝を扱う相応しい者が現れたその時初めて三種の神器も霊力を発揮するという事だろうと思う ただ、その霊力がいかようなものかはまだわからんがね」
「じゃあ、それをさらに解読すれば、ジェノサイドを制圧する事も可能だと?」
祐樹が身を乗り出す。地元の神田が襲撃されただけに、その怒りは大きいのだ。 ここ
「唯一の望みは詩織君だが…周知のとおり」
「あら、詩織ちゃんは助手でしょ? 『日戦神示』は盗まれなかったわけだし、先生が残された古文書を解読すればいいんじゃない?」
美緒が素朴な疑問をぶつける。
「それが実際のところは主客転倒 私ぁ、詩織君の助手という状態でね あのお嬢さんは優秀だよ」
急にユーモラスな表情を浮かべてペロッと舌を出す、どこかチャーミングなおじさまだ。一瞬和んだ場も、すぐにしゅんとなる。周知のとおり、その詩織は三種の神器もろともジェノサイドの手中に堕ちている。
「なんとかして秘宝と詩織ちゃんを救出しないと…」
「そうよ、なんとかしてあげて」
祐樹にけしかける美緒。だが、その手段が一般庶民として暮らしている彼らにあろうはずがない。それは薫も一緒だった。
靖国通りを新聞社に向けて帰る途中、護国の象徴、大村益次郎の像を見上げた薫は無力感に苛まれた。振り返ると、一部が破壊された四省堂のビルも見える。日本制圧を目論むジェノサイドはこの帝都のどこをいつ同様に襲撃するかもわからないのだ。
(ちくしょう…平和を守るどころか、好きな女の子ひとり守れないなんて… 爺ちゃん、俺…どうしたら)
項垂れる薫の横で靖国神社の鳥居に佇む狛犬の光が一瞬光った。