迫りくる脅威-1
小所帯の東都新聞社に戻った薫は、同僚たちのただならぬ様子に気が付いた。普段ならば、のんびりムードの社会部にまでピリピリしたそれでいて事態を動かしようのない暗澹たる空気が流れている。
「何かあったのか?」
薫は親しい同僚で政治部の李忠信の姿を見つけると、呼び止めて尋ねた。
「どうやら、あのジェノサイドの一団が日本に密入国したらしい」
「なんだって!?」
ジェノサイドとは昨今、亜細亜を騒がせている謎の秘密組織で「生の優性化」を旗印にテロや暗殺を繰り返している謎の団体だ。情報筋によると世界の富を一握りの構成メンバーで掌握すべく、欧米や欧州の巨大金融機関を背後で動かし、旧ナチスの科学者までも引き抜いて要人の洗脳までも行う闇の人々で構成されているらしい。そのジェノサイドは大陸や朝鮮を次々と浸食、表向きは平静を保っている両国だが、国家指導者はICチップを埋め込まれ、ジェノサイドの成すが儘に国富を差し出す奴隷状態と聞く。
「空港で、帝都警察が最新技術を駆使して開発した国籍判別ゲートのレーダーに引っかかったらしい それでみんな大わらわってわけさ」
李は苦しげに説明してくれた。
「ジェノサイドっていえば、俺たち日本人を名指しで‘奴隷化すべき黄色い猿’とまで言い放った連中だからな 何を企んでいるかわからん」
「これは不確かな情報だが、奴らの狙いは帝都を人工地震で壊滅させることだという情報もある 日本の首都を壊滅させて、その動乱に乗じて国ごと支配下に置く、それも秘密裏に…」
「そんなことが出来るのか?」
李の説明に、半信半疑になりながらも謎の秘密結社の陰謀に背筋が凍った。
「帝都警察にパクられた連中が言うには、この国のどこかに埋められている、あるモノを探しているらしい そこまでしか、ゲロしないらしいが…逆にそこまで喋る方が不敵で不気味だぜ」
薫は拳を握りしめ、確かな脅威が日本を、帝都東京を覆い尽くすかのような不安に駆られていた。
一月後、四省堂では【日本の秘宝展】が無事開催された。薫は担当記者として取材に訪れていた。祐樹と美緒の姿もある。皆、この帝都の中の庶民的かつ文化的、どこか大正チックな臭いを残す神田の町が好きで、何かが催される時には精一杯盛り上げるのが習わしだ。馴染みの顏がいくつも見える。祐樹は薫を見つけると声をかけてきた。
「神田で日本の秘宝が見れるなんて思わなかったけど… それにしても詩織ちゃんすげぇよな 三種の神器に添えられていた古文書を解読しちゃったんだってよ」
美人店員は神田界隈でも大人気で、商店街や古書店主たちからも愛されている。彼女の話題ならば、地元の面々に尋ねた方が早い位だ。
「そりゃまた、有難い情報をどうも! セレモニー後に詩織嬢に単独インタビューと行きましょうか」
考古学者にして歴史研究者の第一人者、岡崎順一郎が挨拶をする中、今回の展覧責任者としても研究助手としても大活躍の詩織嬢に視線を送る。可愛らしいリボンのついた制服姿で佇む彼女の表情が強張っていることにその時の薫は気が付かなかった。