帝都東京、そして秘宝の存在-1
ここは西暦20XX年、現在の我が国とは似て非なるもう一つの日本。そしてその舞台は首都、帝都東京。
世界列強国とのせめぎあいの中で日本は辛うじて独立国としての威信を保っていた。そんな中、ジェノサイドを名乗る秘密結社が暗躍。暗殺やテロ、要人誘拐などが頻発し、国家を揺るがす事態へと発展しつつある状況だ。その中でも人々は強く逞しく、そして優しさをもって生き抜こうとしていた。
春爛漫、靖国神社に咲き乱れる桜の中を、速水薫は一路神田に向かって歩いていた。薫は東都新聞社会部記者だ。といっても、帝都新聞や旭日新聞といった全国を股に掛ける大手新聞社ではない。帝都東京での出来事を中心に扱う、社員50人足らずの中小企業並みの弱小紙だ。そのため、自社の出版物の営業も兼ねた、取材活動の途中だ。大村益次郎の銅像を見上げながら大鳥居をくぐると、遠くなったその壮言な本殿に一礼した。
「爺ちゃん、俺も頑張っているぜ」
この資源に乏しい日本が初めて白人の近代国家を打ち破った大戦で、その戦火に散った祖父を彼は尊敬していた。
薫はきかん気の強そうな顔を少々ゆるめると、大正の気風が色濃く残る神田方面へと勇んで歩いてゆく。古書店街の一角を通りかかると、幼馴染の腐れ縁で友情が続く、反町祐樹が声をかける。
「ようッ、スクープ記者殿 なんか事件でも起こったか?」
「ああ、前々から経営が危ういオンボロ喫茶店がつぶれそうだってさ」
もともと人に使われる性質でない祐樹は、高校時代からの恋人、美緒と一緒に珈琲専門のちょっぴり文化的な香りのする喫茶店「グアテマラ」を開いている。なかなかのイケメンでモテ男だが、幼馴染の美緒と結婚秒読みという状況だ。
「幼馴染の悪友としては、これほどの事件もないと思ってさあ」
軽口を叩く薫にストレートを投げつける真似をしながら、祐樹が笑う。
「コイツぅ! そんなに張り切りやがって、どうせまたマドンナ様のところへ行くんだろ?」
その通り、薫とて暇ではなく旧友の店で油を売るつもりはなかった。
この神保町界隈でもひときわ瀟洒なビルを持つ老舗書店「四省堂」を見上げた薫は、胸をときめかせながら4階の人文書籍コーナーへ急いだ。