帝都東京、そして秘宝の存在-2
創業3百年を誇る名店らしく、スタッフのいでたちは上品で、特に女子店員の可愛さにはいつも目を奪われてしまう薫だ。そんな中、ひときわ聡明で理知的な美女を見つけた彼は、気安くその肩を叩く。
「詩織ちゃん!」
書棚の間で在庫のチェックをしていた彼女は、大きな瞳をビックリした様に見開いたが、薫の姿に微笑んだ。
「ああ…速水君」
書店業界の白雪姫と名高い可憐な彼女の名は鴻池詩織。帝都大学名誉教授のご令嬢である。この神田界隈でもマドンナ的存在で、四省堂に出入りする出版関係者や取材記者からの評判はすこぶるいい。彼女目当てに四省堂に出入りする連中もいるほどだ。何を隠そう、薫もその一人だ。
「今日もおさぼりなの?」
愛くるしい貌にちょっぴり悪戯っぽい表情を浮かべる詩織に見つめられ、視線をそらす薫。
「今日も、ってどういう意味だよ? いつもここへ来るときは仕事さ 今日もちゃんと仕事だって ほら、ウチの社で出した去年度の報道写真グラビア…ぜひ、四省堂さんでも置いてもらえないかと…」
とってつけたように慌てて鞄の中をまさぐる薫を、可笑しそうにクックと笑う詩織だ。
「ふふふ、それはこの前も見せてもらいました もう、一階のフロアに並んでるわよ」
「あ…そうだっけ」
「私の顔を見に来るだけじゃ、お仕事にならないでしょ 部長さんに怒られちゃうわ」
バツの悪そうに舌を出す薫に、美人店員はとっておきの情報を提供する。
「いいこと教えてあげましょうか…実は今度、四省堂主催で【日本の秘宝展】を開くの 中には由緒正しい、やんごとなき血筋の方が所有されるはずの秘宝も展示されるわ まだ発表していないことだから、文化欄には良い記事になると思うけど」
詩織は可愛くウインクしてみせる。大手マスコミに媚を売るのではなく、マメに足を運んでくる三流紙に記者にも肩入れしてくれるマドンナ書店員にぞっこんの薫だ。
「ところで、その秘宝って何だい?」
「天皇家に伝わる三種の神器は知っているでしょう? 八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣・・・ 日本の安寧をつかさどるとも言われている宝物よ でも皇室の方々も実物を見たことはないって言われていて、実在するかも疑わしいとされてきたわ でもそれに酷似した剣、玉、鏡が発見されたの 実はそれこそが、本来の三種の神器じゃないかって言う人が現れたのよ」
名門大学で広く日本文学を学び、古文の造詣も深い詩織は文化人や学者も集うこの老舗書店でも一目置かれた存在だ。
「それが本物だとなんかいいことがあるの?」
歴史にも古物にも疎い薫が尋ねる。
「もうッ、そんな呑気な話じゃないわ 昔から無限の霊力を持つといわれている聖なる道具よ 扱い方によってはこの国の平和が脅かされるかもしれない…なんてね」
薫がこれまでの営業で見たことのないほど真剣な表情を作っていた詩織だが、突然、クスリと微笑むと悪戯っぽい表情で薫を見た。
「脅かすなよ」
「でも、発掘場所から『日戦神示』という古文書も見つかって重大なことが書かれているかもしれないの その解読を秘宝展が開かれるまでに終わさないと…」
詩織は少々気が重そうだが、無理難題にも文学美女は好奇心を掻き立てられたようだ。
「美女が解読する秘宝の謎…か 良い記事になりそうだ」
帰り際小さく手を振って見送ってくれた詩織を思い出し、社へ戻る足取りも軽い薫だ。