I.-2
「ひな…」
「…ふ」
「ひな坊」
「んんぅー…」
昨日の夜から開け放していた窓。
近隣にあの声が聞こえていたかと思うと、なんだかやるせない。
だけど……。
「ひなた……」
湊にそう囁かれ、一緒にいれることの幸せを感じる。
昨日の20時半。
陽向と録画した世界の仰天ニュースをソファーに並んで観ていた。
ポカンと口を開けてひどく集中している陽向を見ながら笑いを堪えるのが必死だった。
CMになった時、陽向がトイレに行くと丁度携帯のバイブが鳴った。
『お前に伝えたい事がある』
瀬戸からのメールだ。
湊は廊下を振り返り、陽向がまだトイレにいることを確認した後『なに?』と返信した。
それから返事は番組の終盤近くまで返って来ず、心だけ無性に焦っていた頃、最後のCMの時に返事が来た。
そこに綴られた内容を信じたくなかった。
だけど、リアルだったのは間違いないだろう。
今日の事が事細かに書いてあった。
でも文面は謝罪の気持ちで溢れかえっていた。
瀬戸らしくない。
『俺は風間の事が好き。こんなに好きになったことないってぐらい。お前がいるの分かってても奪ってやろうと思ってた。でも、風間が幸せになるってこと考えたらお前と一緒に居ることが一番なのかなって思ったんだよね。…スゲー泣いてたんだよね、俺のせいで。泣いてる風間見たらなんかスゲー傷付いてさ。人を傷付けたってか、風間を傷付けたことがスゲー心苦しくて。お前には悪いけど、本気で風間のことが好きだったんだって気付いたよ。だから、これ以上傷付けたくないし幸せになって欲しいと思った。ホントに罪は重いと思ってる。直接会って殴られたっていい。それくらいのことしてるから、俺は。
最後になるけど。
風間のこと幸せにしねーとぶっ殺すからな。』
「ひな坊…」
「なぁに」
「んー…」
「湊…寝ぼけてんの?」
陽向は虚ろな目をしながら湊のほっぺたをつまんだ。
「…ぁ、ぁい…ってぇ」
そう言いながら陽向に抱きつき、頬を寄せる。
「ひな…」
と言って力強く抱き締め、唇にキスをする。
陽向ビックリした目で「あ…」と声にならない声を出す。
「おはよ」
湊はおでこをつけて微笑むと、また目を閉じて陽向を優しく抱き締めた。
「今日はいい天気だよ」
「…だね」
「お花見したい」
「いーね…」
「近くの土手にキレイな桜咲いてるよ。知ってる?」
「…ん、毎晩見てるよ。帰り道だから。隣の梅は早く咲いてた。知ってる?」
湊は眠たそうな声で呟いた。
「知ってるよ」と陽向はイヒヒと笑った。
「見に行くか…」
「行きたい」
「ひなは、花好きなの?」
「うん。一番好きなのはマーガレット。お花見も好きだよ」
「遅めの花見すっか…」
湊は欠伸をした後、ふぅ、と丸めた息をついた。
「お弁当いるよね?」
「…いらない」
「なんでよ。お花見といったらお弁当でしょ」
「いらねーよ。セブンのコーヒーで十分」
「お弁当欲しいじゃん。お腹空くじゃん」
「弁当とか冷てーから嫌いなんだよ。特にオニギリ」
「なにそれっ!」
「コンビニで十分」
「あっそ」
湊の高い鼻をギュッとつまんで、陽向はそっぽを向いた。
「…ってぇ。なーんで怒るかね……」
「……」
「おい」
「……」
「ひな坊」
「……」
「ひな助」
「なにそれ、新しい名前」
不意に言われ、吹き出してしまう。
「ツナサンド」
「え?」
湊に後ろから抱き締められる。
「サンドイッチなら食える」
陽向は身体を反転してニコニコしながら「わかった」と言った。