寂滅の盾 ☆-2
≪精児よ 精児よ 何故嘲る 少女の心がわかって 恐ろしいのか≫
まるでそれは他人事のように、浮かんでは消えて行くパラパラ漫画のようにも感じられた。
「自惚れるなよ! 俺がお前に年甲斐も無く恋い焦がれたのは事実だが、もっともそれは“お前が清らかだった”頃までの話だ」
おとこは怒気込めて言い放つ。
「…… 」
「騎乗位で咥え込んで、腰振りながらイキ狂う淫乱な雌豚に興味は無い」
発する言葉と裏腹におとこの目は血走り、嫉妬の炎がますます燃え盛る。
「わっ、わたし、そんなんじゃない!」
猥褻魔に一方的に口汚く罵られ、流石に恵利子も感情が高ぶる。
「おっと、待った! お前の言いたい事は解るぜ」
おとこは自分の立場を忘れ、正面から恵利子を見据え言葉を返す。
「お前、あいつにレイプされたんだろ! それもその時の事を撮られて、それで脅されて仕方なくセックスさせられていた…… そう言いたいんだろ?」
「何故、それを?」
恵利子の大きな瞳が、その驚きから更に大きく見開かれる。
「居たんだよ! お前の他にも、同じようにあいつにレイプされて、股を開かされ続けていた“餓鬼”がな。もっともそいつは“ノルマ”とかやらを終えて、確か7月16日に“解放”されたがな。嘘だと思うか、恵利子?」
おとこはそう吐き捨てるように言いつつ、一枚の写真を差し出した。
それは千章流行最初のレイプ被害者、福井美涼の物であった。
おとこは美涼を我が物にしようと、解放直後にその周辺を探っていた。
写真はその時手に入れた物であった。
「!」
同性でありながら、恵利子は美涼の美しさに一瞬心を奪われる。
同時に嫉妬にも似た複雑な心境に陥る。
「そういや“餓鬼”と言うには、そいつは飛び切りの上玉、良い女だったなぁ〜 まるでモデルの様なスタイル…… いや、ファッションモデルそのもの。その女だったら、俺もあいつの“おさがり”で良いから、一度お手合わせ願いたいぜ。それにその女はお前と違って、最後まで《痛い、痛い、お願い、止めて》そう言いながら泣いていたぜ。それに比べて、恵利子、お前はクソだな! レイプされた男におまんこ開発されて、騎乗位でよがっているんだからな!」
精児は恵利子の感情のゆらぎを見逃さず、言葉によって凌辱を続ける。
凌辱の渦中にあって、恵利子の意識は、在りし日を彷徨う。
「恵利子、君は不老不死を信じるかい?」
「それは何か詩の一節ですか?」
「僕はいついつまでも、きみとともに在る」
「? それは…… 」
「まもなく、きみは目覚めることになる」
2006年 12月15日 金曜日 曇り
冬休みを目前に控えたこの日。
恵利子はいつものように駅の改札を抜け、500メートル程先にある高校まで歩みはじめる。
何時ものありふれた風景が流れていく…… そう思われた時。
「あの、磯崎恵利子さんですよね?」
聞き慣れない声色が、背後より恵利子を呼び止める。
「えっ?」
振り返る恵利子は、見覚えの無い声の主に戸惑いを隠せなかった。
ショートカットの似合う可愛らしい少女は、ちょうど自分と同じ位の年頃に見える。
「あの、こっ、これを渡す様に言われたんで」
少女は抑揚の無い口調で、封筒を恵利子に手渡す。
「言われたって、誰に?」
かなり厚めの封書を受け取りつつ、恵利子は少女に尋ねてみた。
「ちゃんと、渡したから……」
見知らぬ少女は、そう言うと足早にその場を立ち去る。
その状況相手故に、恵利子はそれを受け取らぬ訳にも行かなかった。
朝の登校時だけに時間的余裕も無く、また相手が自分と変わらぬ年齢で拒み難かったのである。
もちろん当初より、それに対する違和感はあった。
それは入学当初鞄に挿し入れらていた、あの“封書”を思い起こさずにはいられなかったからだ。
それは自らを取り返しのつかない凌辱の連鎖へ引きずり込んだ“切っ掛け”と言えた。
(きっと、誰かの悪戯。もしかして、不易くんかな? )
しかしそんな気持ちは数分もせず、恵利子を深い闇へと誘うのである。
それは当事者同士である磯崎恵利子と、千章流行しか知り得ぬはずの事実であった。
綺麗に印字された文章はA4用紙十数枚におよび、11月24日に有った出来事全てが事細かに書き綴られていた。
利用したホテル名、部屋番号、滞在時間から、恵利子が千章と交わった体位まで克明に記述されていたのだ。
その内容の正確さから恵利子は、千章の“たちの悪いいたずら”と思い文面を読み進めて行く。
読み進める用紙が六枚目をめくる時、恵利子の表情は凍りつく。
そこから記述されたはじめた内容は、受験を目前に控えた恵利子が受けた内容であったからだ。
(このことを知っているのは、あの時の“おとこ”だけ )