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【箱庭の住人達〜荊の苑〜】
【学園物 官能小説】

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第零話-1

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  気持ち悪い。

  吐き気がする。

  早く──。

  早く終われ。


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 短い冬休みが終る少し前、ひっそりと学院から去っていく教師がいた。
 夕日はすでに沈み、辺りは闇に包まれようとしている。送り出す者はいない。ただ冷え切った静寂だけが、終始まとわりついていた。


 彼は去っていく後姿を、職員玄関に近い廊下の窓から静かに見つめていた。その瞳は氷のように透き通り、何の感情も映してはいない。

 今となってはどうでもいい事だった。

 彼女はもうこの学院に来る事はない。教壇に立つ事もなくなるかもしれない。
 その笑顔や優しい声、壇上で腕を組み、真剣な顔でクラスの皆に説教をした姿。一挙手一投足に胸が高鳴り、傍にいるだけで温かい気持ちになれた。彼女の周りはいつも光が溢れていて、なのに──。

 いや、もうよそう。
 どうでもいい。

 全ては終わったのだ。

 後姿が次第に遠ざかっていく。緑が消えて寂しくなった前庭を過ぎ、学院の正門を通り抜けて左へ曲がった。植えられている並木に遮られ、視界から完全に見えなくなる。
 彼は体を窓から離した。足元に置いていた鞄を掴み上げ、ゆったりとした足取りで生徒玄関へ向う。
 下駄箱から革靴を取り出し履き替えていると、館内放送でクラシック音楽が流れ始めた。最終下校時刻だ。これが流れ終わると間もなく正門は完全に閉じられ、以降は教師の許可がない限り、学院内への出入りが禁止されるのだ。

 正門を抜け右へ曲がってすぐ近くにバス停がある。時刻表と腕時計でバスの時刻を確認すると、彼は制服の内ポケットから携帯をとりだした。慣れた動作でよく使う番号を呼び出す。
 この時刻では夕飯に間に合いそうにない。おそらく自分が家に着く頃には、食事は終っているだろう。
 あの子はどうしているだろうか? あどけない姿を脳裏に思い描けば、自然と口元が綻(ほころ)んだ。そういえばここ数日、勉強にかまけて構ってやれていない。今日は自分の用を後回しにして、いつもより甘えさせてやろうか。
 通話がつながるまでの間、取り留めも無く色々な思いが脳裏を巡る。やがて聞きなれた声が携帯の受話口から響いた。
「あ、もしもし須美(すみ)さん? 孝顕(たかあき)です。ちょっと夕飯の時間までに帰れそうにないので。……はい。今、学院のバス停前にいます────」
 にこやかに言葉を繰り出す彼に、冷たさは見当たらない。そこにあるのは学校帰りにお腹を空かせている、ごくありふれた少年の姿だ。

 心が軽い。

 長期にわたった屈辱の日々から抜け出し、彼は久方ぶりの開放感を味わっていた。

◆  ◆  ◆


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