プロローグ-5
「行ってきま〜す」
「っす!…」
玄関から娘の声が聞こえた後、息子のそっけない声が続き、私の声が響き渡る。
「いってらっしゃい。気を付けるのよ」
時刻は7:30。私は家に一人になったがのんびりできるわけでもなく、今から洗濯と掃除が待っている。
エプロンのポケットに入れているiPhoneがメールの着信を知らせた。
”亜沙美ちゃん。おはよう!
昨日は素敵な時間をありがとう。
昨晩送ったメールは届いたかなぁ?
届いたかどうかだけでも返事が欲しいなぁ。
それだけで今日一日、僕は生きていけるから^^
返事待ってるね。
大好きな亜沙美ちゃんへ。
亜沙美ちゃんファンクラブ 会員番号1番 亮より”
「さむっ…」
メールを見た瞬間、鳥肌が立ち、昨日のことを思い出して更に寒気がした。
とは言え、昨晩にご馳走になったのに返事を返さないわけにはいかず、しぶしぶタイプした。
”おはようございます。後藤です。
昨晩はご馳走様でした。
ありがとうごございました。”
素っ気ないメールを返したのにすぐに返信が来る。
”返事、ありがとう!!
嬉しいなぁ。これで僕の寿命も1日延びました^^
今日は何をするの?忙しいの?
メールじゃ何だし、電話できないかなぁ?
僕の番号は・・・・・・
電話してくれると僕は嬉しくて死んでしまうかも^^
待ってますね。
大好きな亜沙美ちゃんへ。
亜沙美ちゃんファンクラブ 会員番号1番 亮より”
「うわぁっ…」
これ以上、見るのも嫌なのでテーブルに置いて家事に専念することにした。
洗濯機をまわし、掃除機を掛け、洗濯物を干した後は
軽くお化粧をしてパートに行く準備をするともう9時を回っていた。
今日は知り合いがやってる喫茶店Amityのパートの日で週に3,4日くらい私はパートしている。
10:00開店なので少し早目の9:50くらいに入る。
この為に家を9:30に出る。いつも通りのペースだった。
いつもパートで着る白のブラウスと黒のパンツに着替え、その上でダウンコートを着て家を出た。
車に乗り込み、カバンからキーを出そうとした時にiPhoneがないことに気付き、
慌てて家に戻るとテーブルの上に見つけた。
6通の未読メールがあり、1通が市村で、1通が迷惑メール、残りの4通はもっと迷惑なメールだった。
”やっぱり忙しいのかなぁ?
しっかり者の亜沙美ちゃんだから何でもそつなくするんだろうね。
そんな亜沙美ちゃんのことが世界で一番愛しい!
大好きな亜沙美ちゃんへ。
亜沙美ちゃんファンクラブ 会員番号1番 亮より”
・・・・・・・
・・・・・・・
もう続きを読む気はなかった。
iPhoneを片手に車に戻って
”返事が遅くなってごめんなさい。
今日はパートの日で忙しいんですよね。
それにあんまりメールを書くのも得意じゃなくて^^;
きっと私にメールしても返事も返せないので送らない方がいいと思いますが…”
「これでもう来ないわね」といいながらエンジンを掛けると高杉からのメールを着信した。
「もう付き合いきれない…」
私は高杉からのメールを無視することにした。
パートの休憩時間にiPhoneを見ると3通のメールが届き、パートが終わる時間にはそれが8通になっていた。
もう返信する気はないので読まずに既読にした。
買い物を終え、食事を準備し、片付け、お風呂をあがってiPhone片手に寝室に行く頃には未読メールが11通になった。
「ホント、懲りない人ね…」
着信を表示するiPhoneをそのままに私は眠った。
翌日も朝から盛大にメールが届き、その次の日も同じだったが、相変わらず無視ししていると夕方あたりからメールが止んだ。
「あら?もうあきらめたんだ。意外とそんなものなんだぁ」
ちょっぴりの寂しさと少しの喜び、大きな安堵を交えながら思わず言葉が出た翌日から事件は起こった。
まさに高杉の猛烈なアタックを受けることになる事をこの時の私は少しの想定もしていなかった。