プロローグ-3
「ふう…」帰る前に化粧を直すためにトイレに入り、鏡の向こうの立つ、少し頬を赤らめた女性に向かって息を吐いた。
「あら?後藤さん?確か後藤亜沙美さんよね?」
個室から出てきた女性が背後から声を掛けてきた。
振返ると見覚えのある顔があった、確か名前は岡部美紀で歳は2歳上だったはず。
隣の洗面台で手を洗う女性に「岡部さん?」と声を掛ける。
「覚えていてくれたんだ。嬉しい。お久しぶりね」
「お久しぶりです」
声を掛ける美紀に返事するがよそよそしさは隠せなかった。
小柄だがスタイルがよく、目がくるくると大きく可愛い派手な顔立ちの美紀は性格も派手でチーム内でも目立ち、ダンスではセンターを陣取っていた。
やや強引な性格の美紀を私は苦手にしていて、あまり接点を持たないようにしていた。
気まずさから逃げるように「それでは」会釈してトイレから出ようとすると
「ちょっと待って」美紀が追いかけるようにトイレから出ようとした。
気付かないふりをしてドアを開けるとトイレの前に男性が二人立っていた。
ひとりは40過ぎくらいの細く背も私と同じか少し低いくらいの冴えなさそうな男性。
もう一人は対照的に、少し生え際が後退しつつも、少し長めの髪をライトブラウンに染め、身長も180cmを超えるようでスポーツマンでオシャレな40過ぎのキザ男と言った感じの見るからに私の最も苦手とするタイプだった。
男性たちに気をとられているすきに追いついた美紀は私の腕をとり、男性二人に声を掛けた。
「こちら、後藤亜沙美さん。以前までフラダンス教室で一緒だったの」
戸惑う私をよそに美紀は続ける。
「こっちがうちの旦那。冴えないでしょう?
それでこっちがうちの旦那の前の会社の先輩で高杉亮さん」
はじめに冴えない方を紹介し、次いでキザ男を続けた。
「どうも。はじめまして」高杉は手を差し出し、戸惑う私の手を掴み、握手した。
「あぁ…、どうも…」つられて返事をする私の横で美紀が言う。
「後藤さん、これから少しだけ付き合わない?
3人でお茶するのも寂しいなぁって思ってたの。
4人だとちょうど、2対2でバランスもいいし。ね?いいでしょう?ちょっとだけ。」
「でも…」返答に困る私を尻目に美紀は
「ほら、少しだけだから。行きましょう」
美紀に相槌しながら高杉が「そうそう。ここで話すのも何だし。行こう行こう」
両脇を抱えられるように半ば強引に連れて行かれる中、すまなさそうについてくる美紀の夫の良樹がいた。
『もう…強引なんだから…やっぱり苦手だわぁ…ちょっと顔を出してさっさと帰ろう…と』
強引に連れて行かれた先はホテルのバーだった。
小さな細長いカウンターテーブルを2組のカップルが向かい合うように背の高いスツールに座り、私の隣には高杉が居た。
他愛もない話をしていたが高杉は段々と私を口説くように褒め殺しにし始めた。
「それにしても後藤さんって綺麗だよね。岡部の知合いにこんな綺麗な人がいたなんてな」
「そんなことないですよ。普通のおばさんですし。高校生の子供が2人いますし」
「本当?全然見えないよ。だってほら肌もこんなに綺麗だよ」
高杉は私の手を取り、スキンシップを始める。
「それに髪もつやっぽいし」言いながら高杉は髪を撫でる。
『何この人、馴れ馴れしいわ!』嫌悪感を感じつつ、さり気なく、高杉の手を遮るように髪を掻き分けながら「お口が上手ですね。もうすぐ40のおばさんですよ」
「見えないよ。それにさっき岡部の奥さんに聞いたんだけどモデルもしてるんだって?綺麗なはずだよね」
高杉は言いながら向いの二人には見えないようにカウンターの下でそっと手を私の太ももの上に置いてきた。
高杉の手を払っていると美紀が続いてきた「そうよ。背が高くて羨ましいわ。私も後少し背が高かったらモデルとかしてるのに」
「AV女優とか?」
「もう亮さんったら〜!」
・・・・・・・・
・・・・・・・・
高杉の手を払いながらも高杉はしつこく口説き続け、根負けした私はメールアドレスを教えてその場を収めた。
満足したようで高杉はその後はしつこく口説くこともなく、スキンシップも諦めたようだった。
その後も高杉と美紀の夫婦漫才のような会話が続き、2人の関係に只ならぬ親密さを感じながらも特に興味がないので適当に相槌を打ち続けていると次第に雰囲気が白けはじめた。
気まずさからトイレに立ち、一旦バーから出てホテルのトイレに行った。