半世紀の時を経て-11
シヅ子は空になった皿をテーブルの端に寄せた。
「なあなあ、ワインも飲まへんか?」シヅ子はアルバートに身体を向けた。「これやろ? 明智んトコからもろたん」
アルバートはにっこり笑った。「相変わらず元気デスネ、シヅ子はん」
シヅ子は立ち上がり、冷蔵庫を開けて小さな包みを取り出した。「これ、つまみに」
「何デスカ? ソレハ」
シヅ子は包装を開き、中身をアルバートに見せた。
「オオ! カマンベール・チーズやおまへんカ」
シヅ子は眉間の皺を深くした。「アル、あんた妙なタイミングで大阪弁使うの、やめてくれへんか?」
「仕方ないでショ。誰の夫だと思ってマスカ」アルバートは両手を広げ、肩をすくめた。「にしても、珍しいデスネ。いつもはさきイカかたこ焼き味のポテチなのに」
「思い出したんや」
「何ヲ?」
「若い時一緒に見たエッチシーン満載の『ホールド・ミー・テンダリー』や」
「『Hold Me Tenderly』? ああ! 覚えてマス! はっキリくっキリ。あの素敵な映画デスネ」アルバートはにこにこしながら異常にはしゃいだ。
「あの時あんた、ラブシーン見て興奮してたやんか」
アルバートはいきなり真顔に戻り、焦ったように目を泳がせた。「それは忘れマシタ」
「わたしの手、ずっと握ったまま脚とか背中とか耳とか胸とかずっと触ってたやん。もう鬱陶しくてたまらんかったで。おまけにその夜はわたしをうつぶせに押し倒して、後ろからなんべんも攻めたやんか」
アルバートは手を打った。「ソウか、あの恋人たちがワインといっしょに食べてたチーズでしたネ、カマンベール」
「話、そらしとる……」
「蘇りマスネ。あのドキドキ」
シヅ子は小さく言った。「ほんまやな……」
「明日の映画も楽しみデスネ」アルバートは目を輝かせた。
「言うとくけど……」シヅ子はその夫を軽く睨んで言った。「映画館でわたしにべたべた触ったりせんといてな」
「え? だめデスカ?」
「当たり前や! 何恥ずかしいこと言うてんねん。人前でやることやないやろ、そんなん」シヅ子は顔を赤くした。「それより明日の晩、わたしを映画のエッチシーンと同じ目に遭わすつもりやないやろな」
「しないという保証はできまセーン」
「堪忍してえな……」シヅ子は困った顔で笑った。
アルバートはワインのボトルを手に取り、慣れた手つきでオープナーをコルクにねじ込みながら言った。「ワインには媚薬効果のあるポリフェノールが豊富に含まれてマース」
「何いきなり講釈垂れてんのや?」
「その効果で身体がムズムズしてくるはずデース」
「……あのな」
コルクをすぽん、と軽快な音を立てて抜き去ったアルバートは口角を上げて言った。
「ドリンク剤なんか飲まなくてもよさそうデスネ、今夜は」
「あほ」シヅ子は頬を赤くしたまま思わずアルバートから顔を背け、目だけを彼に向けた。
アルバートはにこにこ笑いながら、二つのグラスにワインを注ぎ、その一つを手にとってシヅ子に渡した。彼女はそれを受け取りながら、アルバートの目を見つめ、ぎこちなく微笑んだ。シヅ子の頬はますます赤くなっていた。
アルバートももう一つのグラスを持った。
「そのチャーミングな赤い顔が大好きデース」
そして二人はグラスを触れ合わせた。高く透き通った心地よい音がした。
「なあなあ、アル」シヅ子はグラスの半分を口にして、隣に座った夫に目を向けた。
「ハイ?」
シヅ子はグラスをテーブルに置いて、アルバートの空いた左手を握った。
「これ飲んだら、」
「飲んダラ?」
アルバートもテーブルにグラスを置いた。
「わたしを抱いてくれへんか? 初めての時のように優しゅう」
アルバートはにっこり笑った。
「ワタシはいつもシヅ子を優しく抱いてあげるデショ?」
「そうやな、」シヅ子も夫の目を見てにっこり笑った。「いつも、どんな時でも……何があっても優しゅう抱いてくれるわな、アルは」
シヅ子はアルバートの肩に頭をもたせかけて幸せそうに目を閉じた。
アルバートはそっとその髪を撫でた。
――the End
2015,3,14
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