#2-4
親子は4年半ほど前にこの町に引っ越してきた。孝顕がまもなく小学生になろうかという頃だった。母親が離婚し、父親から逃げるように本州から北海道に移り住んだのだ。北海道には母方の祖母の家があると聞いたことがあるが、交流は無かった。
父親の顔は殆ど覚えていない。基本的に仕事場に引きこもっていたし、たまに帰っても会話など全く無かった。重苦しい沈黙だけが家族を取り巻いていた。
構って欲しかった。話も沢山したかったし、甘えたかった。けれどそれを素直に表現することが出来なかった。出来るような空気ではなかったのだ。息をすることさえ許されないような、張り詰めたあの空間が少年には恐ろしかった。
離婚の理由は知らない。子供には理解できない大人の事情があったのだろう。
天井の梁からぶら下がる母親を見つめながら、孝顕は父に知られることを恐れた。けれど、死体を隠すことなど子供の彼にはできるはずもない。動かなくなった母をその日のうちに苦労して床に下ろしたけれど、そこから先どうしてよいのか分らなかった。とにかく、このまま何も無かったことにして、そ知らぬ振りで普段の生活に戻ることしか思いつかなかったのだ。
少しでも長く父に見つからないように、誰にも知らせてはいけない。近所といっても、家同士の距離はそれなりに離れていて、騒がない限りばれないはずだ。いつもどおり淡々と普通に暮らせばいい。
お金については確か通帳に、自分の養育費と生活費としていくらかの金額が毎月振り込まれていたはずだ。水道光熱費は自動振込みにしてあるので、時々残高を確認に行けばいい。確認だけならば、銀行に行かなくてもコンビニで足りる。
母は病気で入院したことにすればいい。遠くの設備の整った病院に入院しているのだ。
やることを決め実行すると少しだけ気持ちが楽になったが、それでも不安は常にあった。母の遺体だ。死後の遺体がどうなるのかなんて孝顕は解らない。図書館や書店に行き本を探す。医学書などは難しすぎる。自分でも理解できる本を探して回った。