底辺からの出発-6
すると、彼女はそんな俺の邪な気持ちを読み取ったかのように、艶やかに微笑むと、いきなり俺の首に腕をまわして唇を重ねてきたのだ。
驚いて目を見開いたまま固まる先には、彼女の長い睫毛。
頭がおかしくなりそうなくらいの甘い、いい匂いと、柔らかなマシュマロのような唇の感触に、我を忘れて舌を入れそうになってしまった。
が、すんでの所で理性がそれを押し止める。
何かの罠に違いないと、俺は美女の肩を掴むとグイッと彼女の身体を引き剥がした。
「何すんですか!?」
そう睨み付けても、彼女は妖冶な笑みを崩すことなく、ただ黙ってこちらを見ている。
それだけじゃない、レクサスも、おっさんの護衛達も、そしておっさんまでも、ニヤニヤとまるで何か俺を試すかのようなイヤらしい笑みを浮かべていた。
なんだ、コイツら……?
背中に冷たいものを感じながら、息を潜めていると、ギイッとおっさんが座る椅子が軋む音がした。
相変わらずの恵比寿顔のまま、おっさんはドカッと短い足をデスクの上に投げ出すと、
「お前、今ここでこの女とヤッてみろ」
と、平然と言ってのけた。
「……は?」
頭が真っ白になるのも、無理はない。
どう見ても愛人の匂いがプンプンするこの女を、たくさんの部下が見てる目の前で抱かせようなんて、意図するところがさっぱりわからない。
でも、皆ボスの命令にまったく動じることなく、俺の一挙手一投足をただ待っているかのように見つめていた。氷のように冷たい瞳で。
「あ、あの……それって……」
「なんだ、意味わかんないのか? お前の目の前の女と、ここでセックスしろっつってんだよ。まさかお前、童貞なのか?」
カラカラと笑う口元からは、黄ばんだ歯が覗く。
笑っちゃいるけど、冗談なんかは言ってなさそうだ。