おそとでエッチ-1
「えーっ、じゃあユウくんにまだ話してないの? 香苗のこと」
「うん。だってあの子、バイト辞めるとか言い出しそうだもん」
平日の夕方、混雑したJRの駅前。
時計をちらちらと気にしながら、奈美が盛大にため息をついた。
「いいじゃない! あんな女のいる店で働かなくたってさあ……カフェがいいなら、店なんてほかにいくらでもあるんだし」
「そりゃそうだけど、ユウは面接に行くのも死ぬほど勇気がいるらしいから。せっかく慣れてきたバイト先、くだらない理由で辞めさせちゃ可哀そうでしょ」
「全然くだらない理由じゃないよ。桃子、香苗がユウくんに何かしてきても平気?」
ユウのバイト先に香苗がいるということ。
それを知った奈美は、先週からずっと香苗の本性をユウに話せと詰め寄ってくる。
「ユウは……あのときのこととは無関係だし。何もしてこないよ、たぶん」
「そんなのわかんないって。また前みたいにさ、あることないことユウくんに吹き込んだりするかも」
「まあね。でもバイト先が同じだったのは偶然だと思うし、香苗はわたしとユウが繋がってることも知らないわけだから」
……須山香苗。
その名前をユウの口から聞いた日から、胸の中になんともいえない汚泥の塊のようなものがつっかえている。
強姦された夜の悔しさ。
香苗や男たちの発する獣のような悲鳴。
いくつもの忘れたい場面がフラッシュバックする。
だけどそれは、あくまでも桃子の個人的な問題だ。
ユウには関係ない。
レイプされたことだけならともかく、できることならその後の血なまぐさい話は知られたくない。
香苗以外の男たちも、きっとまだどこかで生きている。
坂崎と桃子の関係は、いまも続いている。
もう『終わったこと』なのだ、と流せるような内容ではない。
中途半端に話せば、またユウに余計な不安の種を植え付けることになってしまう。
ユウは出会ってから今までの、たった四ヶ月ほどで大きく変わろうとしていた。
学校に戻り、アルバイトも始め、週末にはジムにも通い続けている。
平気なふりをしているけれど、玄関を出ていく前に真っ青な顔をして震えている日があるのを桃子は知っていた。
……まだ、怖いんだ。
他の人間には当たり前にできることであっても、ユウにとっては銃弾の飛び交う戦場に出向くような恐怖感があるのだろうと思う。
他人の視線や話し声が、すべて自分に向けられる悪意のように感じてしまう。
桃子自身にも、ほんの短期間ではあったけれども兄の死後にそういう期間があった。
だから、よくわかる。
それでも少しずつ、彼は自分に自信を取り戻しつつある。
くだらない話を元にバイトを辞めさせるようなことをして、せっかく順調に回りつつある生活に水を差すようなマネをしたくない。
それが桃子の本音だった。
だいたい、香苗だって一歩間違えば殺されていたかもしれないような報復を受けている。
仮にユウと桃子の関係を知られたとしても、彼女の方からわざわざ桃子にまた何かを仕掛けてくる可能性は低いはずだ。
そう思うのに、ここ数日もやもやとした気分が晴れることはなかった。