時々…純情-1
〜時々…純情〜5-1
「ちょ…ちょっと離してよ。」
「嫌です。俺の顔も見ないで帰る気ですか?」
背後から力強く抱きしめられていた。
「あの日、倉山さん先に寝ちゃってたから、起きたら告白するつもりだった。なのに、起きたら居ないし、そっから返信もくれないし。」
「……。」
「駄目元で誘ったら会ってくれるし、勝手に1人舞い上がって、何が何でもってホテル行った。
順番飛ばし過ぎたのはごめん。
わざわざ誕生日メールしたのは、彼氏いないってわかってて、チャンスきたって色々コレでも必死で。」
「…年上に憧れてるだけでしょ?遊び慣れてるかもしれないけど、私そうゆうのに付き合うつもりないから。」
「確かに昔はけっこう遊んでましたよ。でも、俺だって本気で好きになることだってある。ヘコむこともありますよ。」
抱きしめられていた手が離され、まともに見ていなかった龍崎の方へ振り向かされる。
そこには悪戯な笑みを浮かべる龍崎はいなかったのだ。
「なんで倉山さんがそんな顔するんですか?」
頬に触れる涙を拭う大きい手。
「…だって。遊びだと思って、割り切ろうって考えても毎日、龍崎くんのことばっか考えてて…んっ…ふぁ…。」
言葉を遮るよう塞がれた唇。
「倉山さんのこと好きです。付き合って下さい。」
至近距離で見つめ、発せられたストレートな言葉…
(…そんな顔で言われたら…。誰だって落ちる。)
「…ぅん。」
力強く抱きしめられ、素直に背中へ手を伸ばすことが出来たのだ。
(…もう落ちるとこまで落ちよう。)
「やばい。今、俺の顔見ないで。」
ドッ…ドッ…ドッ…
どちらの鼓動かもわからず、込み上げる気持ち。終電へ乗り込もうと人が行き交う駅前で、人の目も憚らず抱きしめ合う2人。
「…龍崎くん、ここ駅///」
「…だね///」
「送ってくれるの?」
「…俺んち連れて帰りたい。だめ?」
ゴリ…
「…ちょっと////」
「ごめん。電車じゃなくてタクシー乗ろう…?」
顔を隠すよう杏子の肩に額を落としていた。その横顔は耳を赤くし、顔は見えなくとも、照れているのがわかったのだ。
気持ちばかし硬くなったモノが触れている…
好きの気持ちがこんなのにも溢れ、胸を締め付け心が震える。
身体は正直なのだ。
「俺んちここから近いから。行こう?」
初めて繋いだ手…
恋愛初心者でない2人が、汗を握り締め合う。
行き先を告げ、走り出すタクシー。
互いに違う方向を向いているのに、窓に映る互いの姿にまで頬を染め、
到着までのわずかな数分が、長く感じるのであった。
タクシーから降り、マンションのエントランスからエレベーターまで、綺麗な明かりが灯されている。
「もしかして…実家暮らし?」
「そんな訳ないでしょ。実家ならこんな時間に彼女連れてくる訳いかないでしょ。」
「え!だってこんな綺麗なところに1人で住んでるの?」
「引っ越して半年位かな?寝るだけになってて片付いてないけど…。仕事忙しすぎてさ、会社からここ近いんだよ。つか、引っ越せるようになった訳ですよ。」
もらった名刺には、この若さで役職が付いていたのだ。
「仕事出来る子でしょ?」
繋がれた手にキスをし得意気な顔をする龍崎。
「…生意気。」
「そこは惚れ直したとか言ってください。」
慣れた手つきでエレベーターのボタンを押し、部屋へと近づいていく。
「明日休みですけど、倉山さんは?確認しないで連れてきちゃったけど、大丈夫でした?」
「…休みだよ。」
「決まり。散々無視した分、覚悟してくださいよ。」
色気をまとった笑顔で…
部屋の鍵が開けられた。
「どーぞ…。」
まるでお姫様を案内する執事のようであった。