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忘れ得ぬ夢〜浅葱色の恋物語〜
【女性向け 官能小説】

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罪作りな優しさ-9

「昼間デートしとってもキスしたり抱き合うたりしてたんか?」
 シヅ子はきっぱりと首を横に振った。「そんなことするわけあれへん」
 ケネスは意外そうな顔をした。「神村さん、最初は街なかでキスしてきたんやろ?」
「あれが人前でわたしらがキスした最初で最後や。不倫の期間中は街で腕を組んだり手を繋いだりすることすらあれへんかった。あの人とはいちゃいちゃするような関係やなかったんや」
「不倫ちゅうても恋人同士やんか」
 シヅ子は諭すように言った。「不倫の恋は大まじめや。二人の時間は禁じられた時間や。そやから何から何まで真剣やった。ちゃらちゃらした浮ついた気持ちやない」
 シヅ子はうつむき、声を落とした。「そやからタチが悪いんや」
「おかあちゃんたちのんは『浮気』やなかった、ちゅうことやな?」
 シヅ子は頷いた「決して遊びやない。気持ちは真剣やった。そやけどそれはあっちゃんにも、たぶん誰にも理解してもらえんわな」
「他人にはわからんわな、確かに」
「やっとることは不倫で浮気やけど、気持ちは本気なんや。そやけどそれは世間一般に許されることやない。そやからあの人と街を歩いとる時は普通に並んで、あんまり会話もなかった。すれ違う人の目がやたら気になってな、周囲がわたしらを白い目で見とるような気がしてならんかった。食事の時も、映画見てる時もそうや」
「やましいことしとる、っちゅう思いはずっとあったわけやな……」
「そないな感じやから、あっちゃんが言うてた通り、職場でも笑顔も見せんとずっとムツカシイ顔しとったんやろな。二人とも」
「なるほどな」
「そやからその反動で、ホテルで誰にも見られんと、二人きりになったら、もうあかん。求め合うて、絡み合うて、感じ合うて、弾けまくっとった」
「そんなもんなんやな……不倫っちゅうのんは。実は遊びとは訳が違うねんな」ケネスがしみじみと言った。
「遊びは代用が効くし、我慢もできていつでも止められる。そやけど不倫はそうやない。あの人の代わりなんかおれへんし、我慢できんと求め合うんや。真似したらあかんで、ケネス」
 ケネスは呆れたように言った。「するかいな」

 シヅ子は襟足のあたりを小さく掻いた。
「そない考えたら、今思えば、あの人のやることは、わたしにとってみんな、何や特別な感じがしとったな」
「特別?」
「非日常っちゅうか……。わたし、あっちにおる時、一度も神村さんの私服姿見たことないねん」
「え? そうなんか?」
「職場でもスーツ。黒のな。夏場でも。そやけど、わたしとのデートの時は別のグレーのスーツにワイシャツやった。しかも毎回同じ。いっつもちゃんとネクタイしてな」
「割り切ってた、っちゅうか、神村さんも非日常って意識してはったんかな」
「そういうところやろな。わたしと一緒にいることは、あの人にとっても特別、っちゅうかやっぱ後ろめたいことやったろうし。自分への戒め、っちゅう思いもあったと思うわ。結局そんなもんや。そないして無理してつき合うとって、わたしとの関係がずっと続くわけあれへん」
「神村さんには、おかあちゃんとの時間がいつ最後になるやもわからん、っちゅう危機感、っちゅうか覚悟みたいなんもあったんかな」
 シヅ子は頷いた。「確実にあった、思うで。あの診察費の入った封筒も、ずっと前からあの人のバッグに入ってたみたいやしな」
「神村さんもずっと悩んでいらした、ってことなんでしょうね」マユミが切なげな顔で言った。
「考えてみたらわたし以上に悩んではったんかもしれへん。こんなこと続けるわけにはいけへん、ってな」
「おかあちゃんと別れるきっかけが掴めんかった、っちゅうことなんかな。神村さんの性格からして」
「わたしにもあの人にも、不倫は罪、っちゅう思いはかろうじて残っとって、いつかは終わる、思とった。けどやっぱ二人きりになって、抱き合うて、キスしてもうたら、もう身体が言うこときけへんようになっとった、きっとあの人もそうやったんやろ。不倫の恐ろしさやな」

 シヅ子は氷の溶けてしまったウィスキーのグラスを揺らした。彼女は自分で持ってこいと頼んでおきながら、その中身に口をつけることはついに一度もなかった。

「あたし、実は、」二人のやりとりを聞いていたマユミが重い口を開いた。シヅ子は顔を上げた。ケネスもマユミに目を向けた。「アルバートお義父さまからこの話、聞いたことがあるんです」
 シヅ子は大きく目を見開き、震える声で言った。「な、なんやて?!」
「ほ、ほんまか? マーユ」
 マユミは頷いた。
「この話、って言うか、お義母さんに神村さんとの関係を告白された時の気持ちを……」


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