罪作りな優しさ-6
「でも、こないなこと言うたら何やけど、あんたの不倫、幸せやったんかもしれへんな。今考えたら」
私は手に取ろうとしたコーヒーのカップを受け皿に置き直した。「どういう意味?」
「神村さん、優しかったんやろ? ずっと。あんたを本気で好きやったっちゅうことやないんか?」
私はうつむいてテーブルの小さなコーヒーのシミを見つめた。「そうやね」
「不幸中の幸い、ちゅうことや。カラダ目的で、遊びで抱いて、飽きたら捨てる、っちゅうオトコなんかより、ずっと、」「いや、」私は敦子の言葉を遮った。そして顔を上げた。
「ちゃうで。わたしの不倫は『不幸中の不幸』や」
「『不幸中の不幸』? なんで?」
「あの人がなまじ優しゅうて、わたしを大切にしてくれはって、本気で好きや、思ててくれはったから、わたしもずるずる関係を続けてしもたんや。」
私の目頭が熱くなってきた。
「夜の度にあの人が何べんも何べんも『好きだ、シヅ子』言うて、わたしの中で熱うなって、わたしも一緒に熱うなって、きつく抱き合うて、一緒に汗だくになって、わたしを一緒に何度も天国に連れていってくれはって……一緒に、一緒に……」
私は嗚咽を漏らしながらうつむいた、テーブルにぽたぽたと熱い雫が落ちた。
「シヅ……」
私は顔を上げた。どんどん溢れる涙の粒が数滴飛び散った。そして自分でもびっくりするぐらいに大声で言った。「優しすぎや、あの人! どつきたいぐらい優しすぎや! そんなやったから、わたし切れへんかった。あの人との夜をやめられへんかったんや!」
そして私は敦子の顔を睨むように凝視しながら唇を噛んで涙をこぼし続けた。そしてまた震える声で叫んだ。「なんであないな人と出逢うてしもたんや! 不幸やろ? なあ、不幸やろ? わたし。あっちゃん!」
敦子は慌てて立ち上がり、私の横の椅子に座り直した。そして自分の胸をきつく押さえながら交差させた腕の拳を握りしめ、うつむいて激しく号泣している私の背中を優しく撫でた。
「辛かったな、シヅ。辛かったんやな……」
「バカや! わたしは大バカや! あっちゃんの言うこと聞けへんと、自分に負けて堕ちていってもうた!」
「もうええ、シヅ。ちゃんと終わったやないか」
息が落ち着き、私は横にたたんで置いていたおしぼりでテーブルに落ちた涙の跡を拭き取った。
「アル、赦してくれるかな……わたしのこと」
「大丈夫や。あのアルバートくんなら。あんたを一番大切にしてくれてんのやから。それこそあの人よりも純粋にな」
私はようやく思いついたようにバッグからハンカチを取り出して目を拭い、涙で汚れた顔を上げて敦子を見た。「そうやね」
「正直に言うたんやろ? こないだ帰った時」
「うん。言うた」
敦子は恐る恐る訊いた。「どやった? やっぱショック受けて怒ってた?」
「ううん。彼、怒ったりわたしを責めたりしてくれへんかった。」
「そうなん?」
「その代わり優しく抱いて、髪撫でてくれはった」
「さすがアルバートくんやな。心広いわ」
私はため息をついた。「責められた方がよっぽどましやったんやけどな……」
「彼も相当ショック受けとったんやろけど、あんたを大切にする気持ちの方が大きかったんやない? ちゃんと戻ってきてめっちゃ嬉しかったんやわ、きっと」敦子は私の顔を覗き込んで柔らかく微笑んだ。「時間掛けて修復していくんやで、二人の関係」
「うん」私は小さく洟をすすった。