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忘れ得ぬ夢〜浅葱色の恋物語〜
【女性向け 官能小説】

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罪作りな優しさ-5

 年末から大阪に帰り、アルバートとずっと一緒に過ごした私は、年が明けてから再び名古屋に戻った。『緑風園』に別れを告げ、住んでいた部屋を引き払うために。
 社員寮の部屋に置いていた自分の荷物は大した量ではなかったが、それでも私でも抱えられるほどの段ボールとなると7個もの数になっていた。それを運送屋に引き取ってもらい、寮長に挨拶を済ませて、私は9か月間過ごしたその住まいを後にした。すでに『緑風園』への辞職願は前の月に提出していて、スタッフや職員への挨拶はここ名古屋に戻ってからすぐに済ませていたので、あらためてその施設に立ち寄ることはなかった。

 大阪に帰る日の昼前、私は前日荷造りから部屋の掃除までずっと手伝ってくれた敦子と一緒に、施設最寄りのバス停近くの喫茶店に入った。
「あっちゃん、ごめんな、手伝うてもろて。それにいろいろ迷惑掛けて……」
「気にせんといて」敦子はテーブルの向こうで、組んだ指に顎を乗せ、にこにこ笑いながら私にまっすぐ目を向けていた。
「でもほんま良かったわ。あんたが元に戻ってくれて」
「わたし、あっちゃんがおれへんかったら、壊れとった。そのまま不倫続けてアルバートに愛想尽かされ、神村さんにも捨てられとったやろから」
「それに気づいただけ、あんたは偉いわ。でもそれはわたしのお陰やあれへん」
 敦子はテーブルのカップに手を伸ばし、口に運んで、湯気をたてているココアをすすった。

「それであんた、神村さんと三ヶ月も続いたわけやけど、ちゃんと避妊しとったんか?」
 私は首を振った。「一度も……」
「だ、大丈夫なんか?」敦子は手に持っていたカップをソーサーに置いた。カチャン、と耳障りな音がした。
 そして彼女は思い切り不安そうな顔を私に向けた。「あんた、関係終わったんはええとしても、もしあの人の子がそのお腹に宿っとったらどないすんねん」
「それは大丈夫や。あの人との最後の夜のあとすぐ、始まった」
 敦子は肩の力を抜いて大きなため息をついた。「そうか、そらよかった」そして改めてココアのカップを取り上げた。

「そやけど」敦子は厳しい顔で私を見た。「なんで神村さん、避妊してくれへんかったん? あんたが拒否したんか? ゴム」
 私はうつむいて首を横に振った。
 敦子は少し身体を斜めに向け、上目遣いで私を見た。「あの気遣い上手な神村主任がそないなことにも気い掛けんやなんて、ちょっと信じ難いんやけど」
 私は顔を上げ、敦子の目を見た。「わたしと二人の時、あの人は主任なんかやなかった。一人のオトコやったんや」
 敦子は小さく口を開け、言葉を失って私の目を見つめ返した。
「わたしもあの人にとって、部下なんかやのうて一人のオンナやってん。あの人は自分がこのオンナをモノにする唯一のオトコや、っちゅうことを主張しとった。わたしはそない思うわ」
「オスの本能的な独占欲、ってやつ?」
 私は頷いた。「何だかんだ言うてもやっぱ、あの人もオス。独占欲っちゅうより闘争本能やないかな。わたし、アルとつき合うとる言うても、まだ一応独身やし、恋人がおるんやったらそいつからこのオンナを奪い取ったる、俺の方が優位や、て思てたんや。もちろん無意識にな。そやから、わたしがもし既婚やったり、反対に彼氏持ちやない完全フリーな女やったら、ちゃんとゴム、つけてくれてたんとちゃうかな」

「ほたら、行為も乱暴やったんか?」
「全然。正反対や。もうわたしを宝物のように扱うてくれてた。いつも」
「へえ……」
 敦子は小さく肩をすくめた

 私はハンドバッグから浅葱色の封筒を取り出し、テーブルに載せた。
「あっちゃん、お願いがあんねん」
「何?」
「これな、あの人が最後にわたしによこしたお金なんや」
「お金? なんやそれ」敦子は驚いて大声を出した。「あんたそれ、まるで売春やんか」
「ちゃうちゃう」私は手をひらひらと目の前で振った。「あの人もな、避妊せえへんかったこと後悔して、最後にこれを渡しながら言うねん。これで診察受けて、もし妊娠しとったら、アルバートに会うて頭下げて、中絶のことを話し合う、ってな」
「はあ……」敦子は少し呆れたように低い声を漏らした。
「そん時アルバートに殴られようと蹴られようと構わん、とも言うてはった」
「で、どないすんねん、そのお金。ほんまに診察に使うんか?」
 私は首を振った。「もう診察受ける必要ないやん。妊娠なんてしてへんのやから。ほんでな、あっちゃんには面倒掛けるけど、これ、神村さんに返してほしいんや」
 敦子は予想どおり困った顔をした。それでも彼女はその封筒に手を伸ばした。
「わかった。まかしとき。わたしが返しといてあげるわ」
「おおきにありがとう。ほんま助かるわ」
「あんたが返そうとしても、受け取れへんやろからな、神村さん。それにしても、」敦子は手に取った封筒を見て怪訝な顔をした。
「どないしたん?」
「なんか、へたってるな、これ。角も潰れとるし、皺もぎょうさんついとるし」
 私はふっとため息をついた。「あの人のバッグの中にずっと入ってたんや……何週間も前から」
 敦子は私の目を見て、切なそうに微笑んだ後、その封筒を自分のバッグにしまった。


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