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忘れ得ぬ夢〜浅葱色の恋物語〜
【女性向け 官能小説】

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罪作りな優しさ-3

 シヅ子はずっと空のままだった白いカップを手元に寄せた。ケネスは何も言わずにデキャンタを手に取り、そのカップにコーヒーを注ぎ入れた。
 おおきに、と言ってシヅ子は口を開いた。
「自分のこと差し置いてこないなこと言うのも何やけど、」
「ん? どないしたん」
「あの人、卑怯やわ」
「なんやの、卑怯って」ケネスは眉を寄せた。
「優しすぎや。特にわたしに対して」
「話聞いてるとわかるわ。それ」
「あの人にはイヤな所がないねん。完璧やねん」
「それはおかあちゃんが神村さんに恋愛感情持ってたからやろ?」
「いや、一般的に言うてもそうやった。あの人は舗道を並んで歩く時、絶対車道側にいてたし、食事の時もわたしが座るまで絶対自分は腰を下ろさんかった」
「紳士的な人だったんですね」マユミが言った。
「紳士的で、理知的で、そやけど柔らかでユーモアもあって人当たりがええねん」
「完璧か……」ケネスが言った。
「本の虫でな、暇さえあったら本広げてはったわ。ホテルに行った時も、わたしがシャワー浴びてる間、下着姿でベッドに腰掛けて食い入るように読んではった」
「へえ」

「そやけど」シヅ子はケネスの顔に目を向けた。「今言うたあの人の特徴は、そのまんまアルバートやねん」
「え?」マユミは小さく声を上げた。
「そう言えばそうやな。親父も本好きやし、おかあちゃんを過剰に立てるわな、いつも」
「そやろ? アルバートが今までわたしの椅子引いてくれへんかったこと、一度もないで」
「確かに」ケネスはにっこりと笑った。
「神村さんとつき合うとった時には全然気づかへんかってんけどな、背の高さ、身体つき、ほんでにこって笑ろた時に下がる目尻。考えてみたらほんまによう似てたわ。それに……」
 シヅ子は一度言葉を切って、切なげな目でケネスを見た。
「あの人の抱き方が、アルバートにそっくりなんや……」
「抱き方?」
「行為の後、めっちゃ柔らかく抱いてくれるねん。黙ったまま、わたしの身体の火照りが収まるまでずっと」
「親父もそうなんか?」
 シヅ子は頷いた。「怖いぐらいに同じやった。あの優しい抱かれ方するとな、ほんま安心できるねん。いつまでもそうしていて欲しい、思うねん」
 マユミが躊躇いがちに言った。「……だからお義母さんは神村さんに惹かれてたのかもしれませんね」
「そうやな……あの人にはいつもアルバートの面影を重ねてたんかもしれへんな」

「最後に神村さんと抱き合うた時、おかあちゃんはどないな気持ちやってん。やっぱ切なかったか?」
「その晩は、わたしあの人が二股がけしとる、思て、めちゃめちゃ嫉妬に燃えてたんやけどな、一回抱き合うた後、話しとるうちに、ああ、木村先輩の言うたことは嘘やったんやな、って解ってもた」
「そうなん?」
「あの人の目はそんな目やなかった。本気でわたしだけを見ててくれてた。そやからわたし、こらえ切れんようになって、また求めてしもうたんや……あの人を……」

 シヅ子は静かにカップを持ち上げ、口に運んだ。
「それまでは、言うたら無心にあの人に抱かれてたんやけど、その時は違ごとった。アルバートに会いたい、っちゅう気持ちと、この人から離れとうない、っちゅう気持ちの板挟みでめっちゃ苦しかった。苦しゅうてまともに息もできへんかった。貪欲極まりない話やけど、アルバートと神村さん両方に対して最高に燃え上がっとった。神村さんに抱かれながらアルバートに欲情しとった。もうなにが何やらわからん。限界にきとったな」


「お義母さん、職場でお二人の噂が広がって、その、いじめとか嫌がらせとか受けたりしなかったんですか?」
「一度だけ、わたしの机の引き出しに、紙切れがほりこんであったことがあったな。『ふしだら女』って書いてあったわ」
「ほんまに?」
「いっつも神村さんの逢い引きのメモが入れられてた引き出しに入っとった」
「逢い引きのメモ?」
「次の土曜日の待ち合わせ場所と時刻が書かれたメモや」
「ケータイもメールもなかった時代やからな。確かに方法はそんなんしかあれへんわな。で、その紙切れには『ふしだら女』の他に何か書いてあったんか?」
「いや、それだけやった。たぶんそれ書いたんは隣の林田さんや」
「えっ?!」マユミは口を押さえた。
「隣同士やったから、彼女の字のクセをわたし、知っとった。そんな字やったし、それ以降またわたしと一緒に朝の茶汲みするのん、嫌がっとったからな。あからさまに」
「職場に居づらかったやろ、おかあちゃん」
「しゃあないわ。ふしだら女っちゅうんはほんまのことやし。そやけど、幸いなことに他にはなんもなかった。いや、不幸なことに、かもしれへんな」
「なんで不幸なんや?」
「周りのみなにもっとあくどい嫌がらせされたり、仲間はずれにされたりして、いたたまれんようになった方が諦めもつくやんか」
「そない簡単にいくんか?」ケネスは懐疑的な目をした。「恋愛に燃えあがった女は強い、言うやないか。そないなことされたら開き直って、かえって神村さんにしがみついて、二人して堕ちていってしもとったんちゃうか?」
 シヅ子は伏し目がちに言った。「……そうやな。そうかもしれへん。やっぱ幸いやったんかな」


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