罪作りな優しさ-2
「事の発端、っちゅうか、」ケネスはテーブルのチョコレートに手を伸ばした。「そもそも秋の飲み会の後、神村さんにキスされた時、どないな気持ちやってん」ケネスが言った。
シヅ子は遠い目をして静かに口を開いた。「そやな……。わたしも宴会で少し酔うてたこともあってな、拒絶する気持ちはあんまりなかったわ」
「つき合うてた親父に申し訳ない、思たりせえへんかったん?」
「不思議なことにな、アルバートのことはその時思い出せへんかってん」
ケネスは不服そうな顔をした。「何でやろな」
「そん時の寂しさは、もちろんアルバートに会えへんのが最大の原因やってんけど、あの人にキスの前に肩を抱かれた時は単純に、っちゅうか純粋に寂しかった、それを受け止めてくれはる人や、思てたんや」
ケネスは躊躇いながら言った。「おかあちゃんは神村さんのこと、正直どない思てたんや?」
「困ったことにどんどん好きになっていったわ。敦子が恐れてた通り。けど若いアルバートに対してとは違う気持ちやったことは間違いあれへん」
「違う気持ち?」
「相手は大人やろ? やっぱ思いっきり甘えられるっちゅうか、気持ちも大きく抱き留めてくれる、っちゅうか……」
「なるほどな」
「そやけどわたしもそれが不倫やっちゅうことは認識しとった。初めてキスされた時も、こんなことしたらあかん、とは思てたんやで」
「抱かれとる時もそない思てたんか?」
「いや」シヅ子は言葉を切った。
「ほんまアルバートには申し訳ないんやけど、ベッドの上ではそないなこと考えたことなかった。もう身体があの人を強烈に求めててな、何も考えられんと夢中で燃え上がって気持ち良うなってた」
「そやったか」ケネスは残念そうにそう言って、カップを口に運んだ。「そんなもんなんやな……」
シヅ子はうつむいた息子のケネスに目を向けた。「そやけど、最後の晩は違うとった」
ケネスは顔を上げた。「どろどろのぐちゃぐちゃやったんやろ?」
「それは木村先輩のせいや。悪気はなかったんやろけど、更衣室であんな話されてから、わたしずっと正気ではいられんかった。先輩もわたしに恨まれるのん覚悟であないな心にもないこと言うたんやと思うで。わたしがみな悪いのに、結果的に先輩にいやな役押しつけてしもてた」
シヅ子は軽く胸に手を当て、数回深呼吸をした。
「そやけどな、わたしも居酒屋で敦子に言われた時から、正直悩み始めたんや。もちろんあの人のこと、その時は前よりうんと好きになっとったけど、それまではどっちか言うと何も考えんと軽い気持ちであの人に誘われるままついて行っとったような気がすんねん。けどな、あの子に諫められてから、やっぱあかんことなんやな、相手のことも考えなあかんねんな、思い始めた。今さらな話やけどな」
「これで最後にしよう、決めて抱かれたんやろ? その晩」
シヅ子は頷いた。「仕事辞めることは前の週から決心しとった。ほんでそない思たら、同時にアルバートに会いとうて会いとうてどうにもならん心理状態になってもた。大阪に帰る、思ただけで、やっぱアルバートやなければダメや、わたしにはアルバートしかおれへんのや、て強烈に思い始めた」
ケネスは頬のこわばりを緩めた。「おかあちゃん、理性が戻ったっちゅうことやな」
シヅ子は眉尻を下げ、申し訳なさそうな顔をして続けた。「そのくせ、あの人が木村さんと夜を過ごした、聞いて逆上しよるし、その上懲りもせんとまたあの人と夜を過ごしてしまいよる。ほんであの人に抱かれたら、もう燃え上がって、自分でもこの身体をどうしてええかわからんほどになっとった。……ほんま醜い女やったで」