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笛の音
【父娘相姦 官能小説】

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笛の音 3.-24

「隣、座って」
「あまり時間ないよ。有紗さんだって……、……彼氏、待たせてるんでしょ?」
「なに? 彼女が大事でセフレなんか構ってられない?」
 溜息をついて直樹が隣に座ったが、有紗は海を向いて目を逸らしたままだった。
「……おかしいよ有紗さん」
「そだね。セフレがこんな風になったら超めんどくさいよね? やめたい? もう」
 有紗は顔だけ直樹に向けた。無理をして笑っているのが伝わったのだろう、怒るよりもむしろ自分を案じる表情だったから、見た途端にもう一度目を逸らしたくなった。だが前を向き直ろうとするのを押しとどめられ、髪を撫でられる。
「……愛美に見られるからやめて」
「有紗さんが自分で『セフレ』なんて言う関係はもうやめたい」
「だめ。……愛美が泣く」
 だが有紗は直樹が触れてきた頭からジーンとした甘い騒めきが指先まで巡ってきていたから彼の手を振り払わずにいた。
「じゃ、なんでこんなことするんだよ」
「……直樹を試したくて。愛美と別れて、私も別れさせて付き合いたいとか言ってるけどさー……、私の彼氏見ても勝負する気あんのかな、って思って。大人でしょ? 明彦さん。大企業でエース、将来有望だよ?」
「……」
「ほらビビった」
 愛美のほうが可愛らしいし、面倒臭くない。楽な方に流されようと思えばいくらでもできる。直樹の手が頭から離れたから、耐え難い悲愴に俯いた有紗の前を腕が巡ってきた。引き寄せられると、今日は感じることができないと思っていた温かみが包み込んできて、途端に幾条も涙が頬を伝った。
「……有紗さんが好きだって何回言ったらいいの?」
「……っ、……ビビってないんだ?」
 嗚咽の合間に言うと、
「有紗さん。好きだって言って?」
 と囁かれた。
「なにそれ。答えになってない」
「好きだよ? 有紗さん。……有紗さんに好かれてるから、べつにビビってない」
「……」
「有紗さん」
 愛美はどこかで直樹が帰ってくるのを待っているだろう。強く閉じた瞼の裏に浮かぶ。
「……好きだよ、直樹。……どうしよう」
 有紗は涙目で直樹を見上げた。「……どうしよう。こんなことしたくないのに」
 大泣きしそうになる前に唇を塞いでくれた。有紗は伸ばしていた脚を折って直樹を向くと、両手でしがみついて焦がれていた唇を吸った。
 二人に隠れてキスをしたことで、今日こんなところまで来た忌まわしい衝迫に一段落をつけ、直樹と別れ、何食わぬ顔で明彦と合流した有紗には然許りの安堵が訪れた。明彦と店を見て回って、途中でニットとカーディガンを買った。勢い余ってブランドのバッグも欲しくなり、明彦に買わせてもよかったが、本命の男とキスするために追っ払われた上に大金を使わされたのではあまりにも可哀そうだと思ってやめておいた。思っていたよりも早く愛美から電話が来て、有紗たちがもう少し見て回るなら先に電車で帰ると言ったから、もちろん有紗も帰ることにした。待ち合わせた愛美の後ろに立つ直樹と目が合って微笑みを向けて彼を困らせた。
 せっかくだから横浜市内でも寄っていくかと明彦が気を遣ったが、愛美が遠回しに断り、不動前まで送ってくれと頼んだ。有紗の真後ろに座った直樹の顔はバックミラー越しには見えなかった。
「……愛美、帰んないの?」
 有紗は前を向いたまま低い声で問うた。
「ん? ……んー、もうすこし」
 曖昧な返事をする。今の今まで和やかな気分に浸っていたのに、有紗の胸の底から一気に溶岩が湧いてきた。
「叔母さん、ごはん作って待ってるよ? ……叔父さんだって、今日……、帰ってくるし」
「うん。でもまだ夕方だよ? ちょっと直くんの家、寄るだけだから。ちゃんと、遅くなんないように帰るし」
「何しに寄るの?」
「やだー、もー、おねえちゃん。仲良し姉妹でも、プライバシーってもん……」
 愛美が半笑いで答えていると、
「愛美っ」
 急に声を荒げた有紗に車内がシンとなった。
「あの、俺……」
 不穏な間を埋めるように直樹が口を開こうとすると、
「……お姉ちゃんの立場、わかるよね? 愛美ちゃん。なんていうか、保護者的なさー? そりゃ、俺いるのに? ここでそんな風に言われたら『いいよー』って言えないでしょ、お姉ちゃんも」
 運転しながら明彦が優しく言った。
「うん……、あ、いや、はい……。ごめんなさい……」
 愛美の声が哀しげにしょげる。「直くんを不動前まで送ってくれるだけでいいです……」
「まー、『帰り用事あるから私ら目黒辺りでー』って言ったら、お姉ちゃんも怒らなかったと思うよ」
 明彦が一人で笑いながら、「若い若い……、って、俺だけ超オッサンみたいじゃん! でもまあオッサンとしては、若い二人なら、しょうがないかなって気もするね。……どう? お姉ちゃん?」
「……。……そうですね」
 明彦も愛美もいるのに、思わず苛立った声を上げてしまった後悔を隠そうとした有紗は、渾身の忍耐で息をつき、外に目を逸らしながら言った。それから明彦が他愛もない話で挽回しようとしたが、有紗が淀ませた車内の雰囲気はかむろ坂下で停められるまで消えなかった。


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