The Change!〜少年の逆襲編〜-3
「んで、何をしにきたのかね?」
ススス、と豆から入れてくれたほろ苦いコーヒーを向い合わせで啜りながら、そう問われた。
「率直に言います。薬が欲しいんです」
「あの、性転換の?……何でまた?ひとみちゃんに渡した分はまだ残ってるだろうに」
「いえ、俺が個人的に立てている計画がありまして。後、兄に俺の人生握られてます」
「はぁ?」
思いっきり変な顔をした博士の為に、俺は俯き加減に今までのこと(博士は知らないであろうひとみに喘がされてきたにゃんにゃんな日々のこと)と、それに対抗する計画、昨日の兄からの脅迫を話した。
「とゆーわけで、今度は俺が先手うってやろうと思うんです!」
「ア、うん……ソウだったんダ、大変ダったみたいだネ、ハハハ……」
微妙に目線を反らしてる理由はよくわからないが、話は伝わったようだった。
「とゆーわけで、薬を下さい!」
「うん、いいよ。構わない。っつーか願ったり叶ったり。何ならレポートも書いてくれるかい?勿論山吹色のお菓子も弾むよ?……違った視点で書かれたセックス白書も面白そ……ゲフンゲフン」
博士は横向きで咳き込みながらくるんと人差し指と親指で○を作った。
「?山吹色のお菓子ですか?俺文○堂のカステラかスコーンがいいですね」
「え?ι」
「好きなんですよ〜焼き菓子!」
「いやー、うん、まぁ……了解、うん」
「よっしゃ!」
幸運幸運。思いがけないところでオヤツゲット。
今度は引きつった笑みを浮かべている。やっぱり理由はよくわからないけど。
「……コーヒー、お代わりいるかい?」
「お願いします。とてもおいしいですので。」
そうして、それからも終始和やかなムードで話は進み、薬を受け取った俺は博士の家を後にしたのだった。
* * *
カチリ。
携帯の履歴を開き、ひとみの欄を押した。
博士の家に行った翌日、日曜日。時計は午前十一時をさしている。
現在、家の中の生体反応は自分と金魚鉢の中の黒ちゃんだけ。
今日は元々、遊びにくる親戚と動物園にいく約束があった。
今日を実現するためにあつらえられたようなこの予定、使わない手はない。
そうして昨夜俺は「急遽入った予備校の補講に泣く泣く出る優等生」を演じたのである。
1コール。
2コール。
ガチャ。
「……はい?どしたの?」
一つ、大きく息を吸い込み凛とした声を響かせる。
「ひとみ。いきなりだが、今日会えないか?」
「へ?いや、別に予定はないけど……」
「俺の家にこれないか?見せたいものがあるんだ」
念のため書いた手元のカンペを見ながら、一気にまくしたてる。
断られたら全て終わりだ。
俺の家に人がいないことなどめったにないし、ラブホではこの計画は成し遂げられない。
自然と声に熱が入る。
「どうしても、今日じゃなきゃダメなんだ」
その一言が決定打になった。
「いいよ。でも、まだ髪とかぐしゃぐしゃだから三十分くらいかかるけど、いい?」
「あぁ、こっちも色々準備あるからゆっくりでいいよ」
「わかった。じゃあまた……」
プツッ。
ふぅ、と大きく息をつき、自分でもよくわからないながら俺は一人、笑った。
撒き餌をついばんでいる魚を見ている気分と言えばぴったりくるだろうか。
自身のプライドの為に半分罠にはめるようなひとみに悪いような気持ちもあったが、それ以上にくすぐったい思いに満たされていた。
さて、ひとみが来る前に準備を終わらせなければならない。
すっかりお馴染みになった薬の小瓶の蓋を捻開け、口に流し込む。
ほんのりと甘いそれを口内に浸透させ、ふらふらと壁に寄り掛かって座り込んだ。
バクンッ。
数秒後、身体が跳ねる。
「男の身体は女の身体の状態から形成されてくる」らしいので、女が男になるより男が女になる方が楽らしいのだが、それでも、全身を襲うこの苦痛は辛いものがあった。
視界が歪み、霞んで見えなくなって、全身が心臓のようにビクつき、嫌な音を立てて軋む。
骨も筋肉も全て崩壊しているような感覚の中、意識をなんとか気合いでつなぎ止めた。