咲かない水仙-2
那由多に呼ばれた中畑さんの顔は、明らかにひきつってた。私はこんな顔をする類いの人を何度も見ていて知ってる。
同じキッチンで働く仲間を疑いたくはないけど、経験を経てして学んだ私の頭には嫌な警鐘が鳴り響いて止まなかった。
「説明しろ」
那由多の切れ長の瞳は、容赦なく冷たくて、キッチンは瞬時に静まり、皆の視線が否応なしに中畑さんに向けられた。
「い、いや! 俺はちゃんと市場で自分の目で見て選んできたから! たまたまその中のひとつがあれだっただけって事じゃないのか? よくある事だろ、不出来が混ざってるなんて事は――」
「そんなつまんねえ言い訳で、昴の目利きから逃げられると思ってんのか? だったらあの牡蠣お前が全部開けて、その出来不出来ってやつの比率を証明出来るのかよ?」
那由多は鼻先で笑って、
「で? 仲買から幾ら貰っててめえの懐に入れたんだ? こんなクズなら単価にしたらうちの仕入れ値の半分以下だよな? いい稼ぎだったろ?」
不正の現実を中畑さんに突きつけた。
「そ、そんな事してない!」
「おい、オーナー呼んでこい」
「ちょっ! ま、待ってくれ! 訳があるん――!!」
「ふざけんなよ。お前の訳なんて店にも客にも全く関係ねえよ」
那由多は、なんの躊躇もなく、
「てめえの仕事にプライドのない奴は古株だろうがなんだろうがここには不要だ。お疲れさん。さっさと出てけ」
中畑さんにクビを突き付けてキッチンから追い出そう言葉を投げた。
「ちょっと待ってくださいよ。中畑さんがこんな事になってしまった理由くらいは、聞いてあげてもいいじゃないですか?」
静まり返ったキッチンにそんな声を響かせたのは、佳那汰君だった。
「さっきも言ったろ? 訳なんて、店にも客にも関係無いことだとな」
涼しげな顔で言い切る那由多に、
「関係あるよ。だって、コックのコンディションは店にもお客様にも大きく関わる事でしょう? 最高の料理を常に提供する責務を果たさなければいけないのはわかるけど、料理を作るのは機械じゃない。ちゃんと生きてる人間でしょう。人は支え合わなきゃコンディションは保っていけないよね?」
「何が言いたいんだ?」
「バレたらこの業界で生きていけないような禁忌を犯すには、よほどの理由があるんじゃないかと、ボクはそう思ったんです。料理長にはこうなる事の予兆とか、中畑さんから感じなかったんですか?」
佳那汰の問いかけに、
「仮によほどの理由があったって、責務を放棄する人間はこの店には不要だ。プロならコンディションくらい常に保つのが当たり前だろ。支えあいだ? そんな甘い考えだからお前の店はバカみたいな事で潰れたんだ。経営の責務を放棄して逃げた前の店のクズオーナーに、お前は同じ事が言えるのかよ?」
那由多は容赦なく冷たい言葉を放った。佳那汰君は俯いて言葉を無くしてしまった。
完全にキッチンは沈黙。その中で、
「今日のランチの牡蠣フライは止めだ。変わりに和風メンチでいく。昴、大根おろしとけ」
那由多の指示が飛び、キッチンは再度あわただしく動き出した。