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春雷
【女性向け 官能小説】

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咲かない水仙-1


一体全体何が起きたのか、わからないまま呆然となる私の唇に重なった私の知らない生暖かい温度が怖くて、立っていた足が力を無くした。

そんな私の体を抱きしめ支えながら、唇を離さない那由多の吐息はとても熱くて。

(私…一体なにしてるんだろ…)

ぼんやりと霞む頭でそう思ったら、頭の中に佳那汰君が浮かんで涙が溢れた。急にこんな事されて悔しくて悲しくて震えが立ち上り、私は崩れそうな体を堪えてありったけの力を込めて那由多を押しのけて、

「こんなの卑怯だ。私は那由多とこんな事なんか望んでない!」

唇を袖口で拭って、かろうじて残る力でじゃがいもを拾い、ボールを抱えて食糧庫から出た。
冷静になろう。黙々とじゃがいもを洗い、ナイフで皮を剥き冷水に浸ける事だけに集中した。

少し遅れて食糧庫から出てきた那由多も、いつものように黙して仕込みを始めた。
二人しかいない静寂がしばし続いた後、一緒に働くコック達が出勤の時を迎えて、やがてキッチンは忙しない音に包まれた。



段取りを一通り終えた九時過ぎ。
店のオーナーと共に佳那汰君がキッチンに姿を現した。
オーナーからの紹介の後に、

「今日からお世話になります。春山佳那汰(はるやまかなた)です。よろしくお願いいたします」

簡単な自己紹介をして笑んだその視線は、私に向けられた事に気付いて、私も小さく笑みを返した。
佳那汰君の首もとのスカーフは、私と同じ黄色。それだけで心強い味方が出来た気持ちになった。

だけど、反面、不可抗力だとはいえ那由多に唇を許してしまった罪悪感で胸が軋むように痛くなった。
でも苦しい顔はしない。余計な心配なんてかけたくないから。

「昴、春山君の面倒、よろしく頼むよ?」

オーナーに声をかけられ、私は勢いよくひとつ返事を返して、

「佳那汰君、これからよろしくね」
「ご指導よろしくお願いいたします。昴先輩」

短い挨拶を交わしてそっと笑いあった。


簡単なミーティングの後、キッチンはランチに向けてあわただしさを加速させていく。
今日のランチのメニューは旬の牡蠣を使った牡蠣フライセットと、Ciel blue の看板である特製デミグラスソースのビーフシチューセットだ。


牡蠣フライの下ごしらえに、大量に積まれた牡蠣を殻から外す作業を始めよう、殻にナイフを入れて開けてみたら、

「ちょっとこれ…」

旬の良い素材のみを仕入れてお客様に提供する店の拘りに反した、あまりにも身の痩せた質の悪い牡蠣を見て、私は、

「料理長! こんな酷い牡蠣をうちに卸したのは、一体どこの業者ですか! こんなもの出したら、お客様がガッカリしますよ!」

那由多に詰め寄って、剥いた牡蠣を見せると、

「…中畑、ちょっと来い」

タルタルソースを仕込んでいた、キッチンで魚介類の仕入れを任されている中畑さんを険しい顔で呼びつけた。




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