夜の蜘蛛-1
昼間は観光客で賑わうクアトリアは、夜も賑やかだ。
繁華街ではきらびやかなネオンが煌めき、客を呼び込む声が響く。
そして、光が強ければ強い程、影は色を濃くしていくものなのだ。
賑やかな繁華街にあるスナックの従業員控室の更に奥の小部屋に、2人の人物が居た。
1人は妙齢の女性で、下着のような透け透けのスリップドレスから覗く足をゆっくりと組み換える。
もう1人は……ジルだった。
ジルは手を後ろに組んで立っていたが、女性の動きに一瞬だけ身を固くする。
「はぁ……全く……ドジだねぇ……」
女性は紫煙を吐き出すと胡乱な目でジルを睨んだ。
「……すいません……」
ジルは視線から逃げたくなったが、グッと堪え、獣耳や尻尾に感情が出ないよう必死になる。
「どこ、やられたんだい?」
女性はゆっくり立ち上がり、気だるそうにジルへと腕を伸ばした。
爪の長いしなやかな手は、明るい場所で見れば美しいのかもしれないが、薄暗く煙の立ち込めている狭い場所で見たらまるで死霊のように見える。
ガッ
「っ!!」
伸びた手がジルの髪を掴んで顔を上向かせた。
「……ここかい?」
反対の手がジルの左腕を撫でる。
ギリッ
「あ゛ぐっ」
真新しい傷口に長い爪を立てられ、思わず漏れた苦痛の声に女性はにやぁと笑った。
「あんた、良い声で鳴くねぇ……名前……なんだっけ?」
「っ……ジル」
「ああ、そう」
聞いておいて興味無さそうに答えた女性は、血の滲んできたジルの服を肩口からビリビリと引きちぎる。
大して力も入れて無いように見えるのに紙のようにちぎれる服を、ジルは驚愕の眼差しで見た。
「ああ、結構深いねぇ」
傷口を検分した女性はそこに親指の爪を突き立てる。
「ぐっ?!」
ネイルアートでごてごてと飾り付けられた爪を挿し、ぐりぐりと抉る。
「いっ……」
無理矢理に上向かせられた顔が苦痛に歪んだが、漏れそうな悲鳴はなんとか堪えた。
「表情も良いねぇ……」
唇が付くか付かないかの距離で囁やく女性の口からは甘ったるい匂いがする。
「ッ」
傷口からは血が滴り、腕を通って床にパタパタと落ちていった。