おおいぬのふぐり-2
「本当嫌いっ! 那由多なんて大っ嫌いっ!」
怒り任せに着替えを手早く済ませて、キッチンへと向かうと、そこには既に那由多がいて仕込みを始めていた。
そんな那由多の背中をひと睨みして、小さく鼻を鳴らして私も雑用の仕事に取りかかった。
「今日のランチのスープはじゃがいもとリークな」
振り向かず、私に指示をだす那由多に、
「はい」
私は素っ気ない返事ひとつを返して食料庫へじゃがいもとポロ葱を取りに向かった。
「あ〜ぁ…。今日はひたすらじゃがいもの皮むきか…」
いつまで経っても雑用。料理の「り」の字もさせて貰えない。
「…どうせ才能もセンスもないもんね…」
それでもやらなきゃ。ここで折れて逃げたら、私はきっと後悔する。なによりこれからは佳那汰君がいるんだ。
みっともない私なんか、見せたくない。
竹かごに山に盛られたじゃがいもをボールに詰めながら、涙が溢れないように唇を噛み締めて、黙々と材料をボールに詰めた。
しばらくすると、食料庫のドアが開き、那由多が庫内へと入ってきた。
途端に嫌な圧が広がる感じがして、居心地が悪い場所になった。早くここから出たい気持ちが雑に手を早めてしまい、
「あっ!」
手を滑らせ、ボールをひっくり返してしまった。
折角詰めたじゃがいもが床に全て転がってしまった。 そんな私を見て、
「…昨日は悪かったな…。キツイ事言い過ぎた」
「え…?」
那由多はしゃがみこみ、私を見る事なくじゃがいもを拾いながら、謝罪の言葉を口にした。
「この店で、なんの躊躇もなく言いたい事言い合えるのはお前しかいないから。そんな気持ちに甘えて、お前の気持ち考え無しに傷付けてごめんな…」
「…べ、別に私…傷付いてな……」
否定しようとしたら、喉の奥が詰まって視界が歪んで霞んだ。なんでよ、こんな奴の前でなんか泣きたくないのに、悔しいよ…。
「向いてないなんて、心にもないこと言ってごめんな…」
「…いいんだよ。那由多の言う通りだから。私…私は…那由多みたいに才能もセンスもない、七年経っても調理なんてさせてもらえない雑用すらマトモに出来ないダメコックだから」
もういやだ。惨め過ぎて、今すぐここから逃げ出したい。堪えきれなくなり立ち上がり、走り逃げようとする私の腕をつかんで、
「そんな事ない!」
「…え…?」
那由多は、私の体を引き寄せて、胸の中に抱き締め収めて、
「何年お前を見てきたと思ってんだよ…」
切なさを帯びて呟いたかすれた声で、那由多が言う事は嘘じゃないって悟った。
「お前に雑用をさせてるのは、長い時間を費やして、未来に向けての強い基礎を作りたいからだ」
「強い基礎…、意味がわからないよ…」
「今はまだ分からなくていい。今分かって欲しいのは、オレにはお前が必要だって事だけだ」
抱き締められる圧が強くて、軽い目眩がした刹那――
私の唇に、那由多の唇が重なって、頭が真っ白になった。