虐め抜かれる快楽-1
(回想場面に幼児性愛的な描写があります。またSM的な描写があります。苦手な方は閲覧注意)
「そう思うなら、その彼にはもう会わなければいいだけの話だろう。何もわざわざ自分が捨てられるまで待つことはない」
坂崎徹(さかざきとおる)はいつもと同じように微笑んだまま、まっすぐに桃子の目を見つめた。
……それは、わかっているけれど。
相変わらずのストレートな物言いに絶句する。
銀縁の眼鏡、ぴかぴかに磨かれた革靴、濃紺のスーツに無地のネクタイ。
身長はユウと同じくらいだが、肩幅の広さと筋肉量の違いなのか坂崎の方がずっと大柄に見える。
実年齢は桃子の父親と言ってもおかしくないくらいだが、あらゆる物事を精力的にこなしていく姿は年齢よりもずっと若々しい。
野心家でまさにやり手の社長という言葉がぴったりくる、そんな男だ。
「あ、会わない方がいいのはわかってるけど、でもあの子が寂しがるから」
「君はそんなにお人良しじゃない。自分ではどう思っているのか知らないが、僕には桃子自身がもう彼を手放したくないように見えるけどね」
「そんなこと、思ってない……」
「それなら、いまさら昔のことを持ちだして思い悩む必要もないはずだ。さあ、もうそんなくだらないことは忘れて、いまは食事を楽しむといい」
昔のこと。
くだらないこと。
坂崎のようにそこまで達観できない自分が悔しかった。
ホテルの高層階にある眺めの良いフレンチレストラン。
桃子が一度『美味しい』と言った日から、坂崎と会う日はここで食事をするのが習慣のようになっている。
どの料理を選んでも舌がとろけるほど美味しい代わり、一回の食事代はちょっと考えられないほど高い。
当然のように、支払はいつも坂崎が持つ。
ユウと出会ってからの数カ月間の話をすると、ワイングラスを傾けながら坂崎は声をあげて笑った。
美山や英輔たちの半ば嫌がらせのような行為や、だんだんと束縛が激しくなり扱いにくくなっていくユウのこと。
どんなことにでも坂崎は興味深そうに耳を傾けてくれる。
「レポートもたくさん出さなきゃいけないらしくて、わざわざわたしの部屋に持ってきて書き始めたりするんだよ。自分の部屋でやればいいのに、馬鹿みたいでしょ」
昼間ふたりとも時間が空いているときは、すぐに公園や海辺に出かけたがるし。
日焼けするから、本当はいきたくないんだけど。
外で手を繋がなかったら拗ねちゃうし、他の男の子から連絡がくるとものすごく落ち込んじゃうし。
だから、もうこの一ヶ月くらいは他の誰とも遊ばせてもらえないの。
手がかかるし面倒くさい。
そう言いながら、なんとなく自分の口元がほころんでいくのがわかる。
「あはは、ユウくんのことを話すときの桃子は本当に楽しそうだね。いいよ、いくらでも聞かせてもらおう」
「……べつに、ユウのことばっかり話したいわけじゃないもん」
「いいじゃないか、少なくとも僕は前よりもいまの君の方がすごく魅力的でいいと思う」
「……前って?」
「傷つきたがっていた、というのかな。寂しさを紛らしながら、自分をわざと汚すために男と寝ようとするようなところがあっただろう」
ずきん、と胸が痛んだ。
そんなことも見抜かれていた。
認めるのも腹立たしくて、言葉に詰まってしまう。
「でもいまは、なんだか元気になったように見える。明るくなったし、作り笑いが減ったね。笑顔も、偽物と本物では輝きが違うんだよ」
坂崎が目の前に置かれたクリスタルのワイングラスを揺らす。
オレンジ色の照明が反射して、透明の縁がきらきらと光った。
「じゃあ、坂崎さんも……他の男の人と全部別れてユウとだけ付き合った方がいいって言うの?」