車の中の淫事-1
小さな画面が手の中で振動しながらまた光った。
さっきからもう何度も着信が入っている。
表示される名前はすべてユウ。
……今日は遅くなるって言っておいたのに。
桃子は小さく舌打ちをして顔を上げた。
隣の運転席では、美山悟(みやまさとる)がハンドルを持つ手を震わせながら笑っている。
線の細い体と優しげな顔立ち、それに長めに伸ばした薄茶色の髪。
暗がりの中では、男装を極めた美女のように見えなくもない。
美山は桃子が出会い系で遊び始めて二人目に会った男だ。
紳士向けのブランドショップに勤めているせいか、いつもさりげなく流行りを取り入れた服を着こなしている。
ほんのちょっと前まで尋常じゃないほど病んでいたとは思えないくらい、桃子のまわりの男たちの中では誰よりもよくしゃべり、よく笑うようになった。
聞き上手で、話し上手。
会うのは月に二度か三度程度だが、話題が豊富でいつまでおしゃべりしていても飽きないのがいい。
大きな幹線道路へ続く道の交差点、赤信号で止まる。
フロントガラスの向こう側に、高速の乗り口を示す道路標識が見えた。
「あはは、またユウくんからの電話? どうしようか、ドライブやめてもう帰った方がいい?」
「えーっ、でもせっかく来てくれたのに悪いよ。電話してきたってことは、ヤリたかったんでしょ?」
「まあね。でもほら、純情くんの恋を邪魔しちゃ悪いかなあって」
「バカ、恋なんかじゃないって。あの子は他に誰もいないから、わたしにしがみついてるだけ」
「ふうん、まあどっちだっていいけどさ。で、今夜はどうする?」
一瞬の迷い。
楽しみにしていた久しぶりの深夜のドライブ。
ユウの拗ねたような顔が頭にちらつく。
まだ電話は振動を続けている。
このまま行ったところで、この調子では少しも楽しめそうにない。
……しょうがないなあ。
桃子はため息をついて肩を落とし、美山に頭を下げた。