〜はじまり〜-1
〜はじまり〜
「いつもありがとうございます。
またのお越しをお待ちしております。」
笑顔で本日最後の客を見送る。
大人になれば誕生日など関係なく、いつも通りに仕事をこなす。
ロッカーの中で、SNSアプリのカウント数が増えていく。
酔ったサラリーマンに紛れ、電車に乗り込み、携帯を起動させる杏子。
アプリに表示された数に、迷わずSNSサイトを開くとコメントが集まっていた。
(…子供の時みたいに実感ないな…。)
誕生日と知らせなくても「○○さんの誕生日です。」と知らせるSNS。
身近の友達や遠方の友達、なんとなく繋がった顔見知り。
それでもわざわざコメントをくれた気持ちが嬉しく、1件ずつ返信していく。
(…何事もなく終わった…。)
返信を終え、電車に揺られながら時間を確認すると、誕生日は残り1時間を切っていた。
祝ってくれる彼氏もいない。
遅咲きながら、エステティシャンの道に進み、好きな仕事をして多忙な毎日。
プライベートの時間はなくても、毎日充実している。今に不満などないのだ。
びっしり埋まった予約をこなし、電車に揺られる時間は、束の間の休息。
…ピロン
(…「龍崎 啓」え?なんで?)
“お誕生日おめでとうございます”
予想していない人物からのメール。
きっとSNSサイトで誕生日を知ったのだろう。
数年前にアルバイト先で知り合った。
当時スタッフ最年少の龍崎。
セクハラ紛いな発言をして笑わせたり、生意気だが器用に仕事をこなし、何かと周囲から可愛がられていた。
何より容姿端麗。
セクハラ発言をしたって、女性スタッフは頬を染め、笑い合い、人気であった。それを自覚していての行動でも、憎めない愛されキャラ。
「年上のお姉さまがタイプですよ」
プレイボーイと名が通っていた。
SNSサイトで一言、二言交わすことはあっても、プライベートで関わることもなく、個人的に頻繁に連絡をとる間柄でもない。
(…わざわざメールとは。相変わらず世渡り上手というか、何というか。こういう所が可愛がられるんだよね。)
“ありがとう”
チャット形式に表示されるメール。
返信するとすぐに既読表示された。
“倉山さん、いくつになったんですか?”
“28になりましたけど何か?”
“まだまだ、おねーさんっすね”
(…こいつワザと聞いたな。)
数年経っても、年上をからかう生意気加減は健在していた。
当時10代の龍崎。彼氏がいても「格好いいな〜さすがに年下過ぎるか」なんて思っていたのだ。
そんな龍崎からのメールに頬をゆるめ、返信する。
“誕生日くらい敬いたまえ。”
“敬ってますよ。これから彼氏とデートですか?”
“仕事帰りですぅ〜。珍しい人から連絡きて驚いてる。”
“僕も仕事帰りで、電車暇なんで連絡してみました。”
“こら!お姉さまを暇つぶしに使うんぢゃないよ。”
“ちょっとくらい構ってくださいよ〜。相変わらず、予想通りに反応してくれるんで…。”
(…意地悪くニヤニヤしてる顔が想像できる…。)
“相変わらず君は人を恥ずかしめるのがお好きなようで…。”
“それっすよ。その反応。可愛っすね。”
(…そんなこと言われて、なんて返信すればいーのよ…。)
“早く帰って寝なさい。”
“夜更かしは肌に悪いですからね。また明日も連絡して、いいですか?”
“別にいいけど仕事中は返信できないよ?”
“大丈夫ですよ。じゃまた明日。”
断る理由もなかったのである。
(…単なる気まぐれだろう。)
そんなメールのやり取りをしながら帰宅し、気づくと誕生日が終わっていた。
(…早くお風呂入って寝なきゃ。)
とくに龍崎からの連絡を気に止めることもなく、バタバタと浴室に向かう杏子。
あっという間に1日が過ぎていくのだ。
〜To be continued〜