殻を破る-7
海斗との生活、鉄夫の家への訪問、幸代とのショッピング…、そんな生活の中で瀬奈は本来の自分を取り戻していく。それは一番自分が良く分かっていた。自分が求めていたのはそんなに大きなものではない。普通に生活する事であった。どうして今までそんな簡単な物が手に入らなかったのだろうと不思議に思う程に瀬奈は望んでいた生活を手にする事ができた。
環境によって狂ってしまった人生は環境によって変えられる…、その言葉が身に染みて分かった。しかしいつか元の環境に戻らなくてはいけない。戻った時に今の自分でいられるかは不安だ。自分だけが変わっても旦那が変わらなければすぐに元の自分に戻ってしまうだろう。正直言って戻らない自信はない。叶うならばずっとこの場所で生きていきたいと思っていた。
幸代には感謝している。それは好きな男と同棲し、セックスまでしている自分に親切にしてくれているからだ。申し訳なく感じる。好きな男が違う女にうつつを抜かしている事が許せない自分を棚に上げて一体何をしてるんだと自分が嫌になる事が多い。それを考えれば自分が早く病気を治して海斗の前から姿を消す事が一番いい事だと思う。この生活をずっと続けたい気持ちと幸代の為にも早く病気を治し海斗の前から去らなくてはという気持ちの間で瀬奈は揺れていた。
そんな事を考えながら瀬奈はビスケットを持ち、鉄夫の家へ向かう。
「あ、こんちわっす!」
交番の前を通りかかと船谷淳史が挨拶してきた。
「こんにちわ♪」
美しすぎて眩暈がしそうな淳史。すっかり顔馴染みになった。
「いい天気っすね!」
「はい。気持ちいいです。」
空を見上げる瀬奈。この空の下に来てもう半年が過ぎようとしている。他愛のない会話をしてから瀬奈は去って行った。瀬奈の後ろ姿を笑顔で見つめていた淳史の顔からすっと笑みが消えた。
「あの人…やっぱそうだよな…」
複雑な表情を浮かべる淳史。気に掛かる事があったのだ。まずは後で海斗に相談しようと考えていた。
鉄夫の家につきデルピエロと遊ぶ瀬奈。鉄夫や由紀恵を幸せにしてしまう程の笑みを浮かべている。鉄夫も瀬奈が海斗の嫁になってくれたらいいのにと思ってしまう。難解な病気を抱える人間にはとてもじゃないが見えなかった。
現実は夢を放っておいてはくれなかった。この幸せな日々をいつかは胸にしまい去らなければならない日が来る。瀬奈はいつその瞬間が来るかと毎日心の中で怯えているのであった。その足跡はゆっくりと瀬奈に忍び寄ってきているのであった。