自由を-1
目が覚めると、窓の外は藍に朱が混じる夕暮れになっていた 。 結局何も出来る事なく今日も一日が終わってしまう。
いつもならば仕方のない事だと諦めてしまうけど、閉塞感で膨れた苛立ちが募った今の私にはどうしても諦める事が出来なかった。
「こんな場所、もう沢山よ」
ベッドから出て、備え付けの私物入れの棚に収納されたキャリーケースを開けて、入院時に退院の日を考えて持ち込んだ洋服に着替えた。 久しぶりに踵のあるミュールを履いたら、気持ちが浮き立ち背筋が伸びた。
じきに夕飯の時間がくる。化粧をしている暇はないので 、メイクポーチをバッグに詰めて私は個室から抜け出した。
ナースステーションを足早に横切りエレベーターに乗ると、ナースと鉢合わせないかと不安で落ち着かなかった 。
けれども、誰とも鉢合わせる事はなく、驚くほどあっさりと抜け出す事が出来てちょっと拍子抜けはしたものの 、久しぶりに自由を得た解放感で胸が踊った。
一階にある入退院受付の奥にある夜間出入口付近にある手洗い場で化粧を施し、私は二週間ぶりに外へと出た。
黄昏色に少しだけ夜の色が混じり始める空。 頬を撫でる、まだ少し冷たさを感じる四月下旬の風。
その心地よさに思わず目を閉じて、思い切り深呼吸をしたら、押し潰されそうな胸がふうわりと膨らみ踊るのを感じて笑みがこぼれた。
「自由だわ」
呟いたら、開放感で笑いがこみ上げてくるのを堪えきれずに軽く俯きながら一歩、また一歩と足を動かし歩き進んだ。
膝丈のAラインのスカートの裾が小さく風に揺れた。 首に巻いたシルバーのストールも風に小さく泳いだ。
何処へいこうか? 頭の中で自分自身に問いかける。
勿論行き先は決まっている。 仕事で疲労が溜まると、帰りに一人で立ち寄っていた心休まるただひとつのあの場所だ。
通りに出てタクシーを拾うと、
「奈倉駅までお願いします」
私は運転手に行き先を告げた。