10章-2
剣の舞の出だしの音と同時に、複数人の男達が舞台へと飛び出し、盾と剣を手に激しく踊る。
盾と剣を激しくぶつける音と、荒々しくジャンプを繰り返して床を踏み鳴らされるドンドンという音が、どこか土俗的な雰囲気を醸し出している。
「このバレエはまだロシアがソビエトだった時代、集団農場での人々の友情とロマンスが描かれるている。その中でも剣の舞は『クルド人が出陣に際して剣を持って踊る戦いの踊り』を表現している」
「さらにここ、主人公のガイーヌが戦う二人の青年の仲裁としてダンスを踊る。ここは僕のオリジナルだ。作曲者のハチャトゥリアンの特徴として、アルメニアやコーカサス地方の民族音楽を取り入れているんだが、僕もその地方の舞踊からインスピレーションを得ている」
そう言った宮田はリンクに戻ると途中から音楽を鳴らし、ヴィヴィも気に入っていた部分の踊りを舞う。
けれどそれは、ヴィヴィのものとは明らかにかけ離れていた。
彼は指先の動き一つで、視線一つで周りのものを自分に引き付ける魅力を持っていた。
(くやしい……私も、あんなふうに踊りたい――)
ヴィヴィは膝の上で握りしめた拳に力を籠め、心の底からそう願った。
土曜日であった翌日の早朝。
三時に目が覚めてしまったヴィヴィは、SPのことが気がかりで再度寝付くことができず、宮田から借りたバレエ・ガイーヌのDVDを防音室に置かれた百インチのモニターで食い入るように観ていた。
アルメニアの山間の村にすむ狩人たちの集団の中に、力強く勇敢なアルメンと、血気盛んなゲオルギーがいた。
村の娘ガイーヌとアルメンは、お互いに深く愛し合っている。
ゲオルギーは嵐の中で助けた山の娘アイシャを愛するようになる。
アルメンとゲオルギーは親友であったが、アイシャをめぐる疑惑から、仲違いする。
そして、狩りで断崖から落ちたアルメンをゲオルギーは助けようとせず、
その結果アルメンは失明する。
ゲオルギーは良心の呵責に苦しみ、盲目となったアルメンはガイーヌとの愛に苦しむ。
収穫の祭の日、アルメンは久しぶりに行事に参加する。
狩人たちが帰ってきて、アルメンの弟子カレンから銃を手渡され、絶望の中で自ら布をはずすと強烈な光に目がくらむ……目は見えるようになっていたのだ。
ガイーヌとの喜びに溢れた愛と希望のデュエット。
村人の前で自分の罪を告白したゲオルギーの手を握って、アルメンはその罪を許す――。
ヴィヴィは何度か気になるところを巻き戻しながら見終わると、おもむろに立ち上がった。
幼少のころからバレエをやっている双子のために、改良された防音室に備え付けのストレッチ用のバーで十分準備をすると、壁の一角が鏡張りになっている場所に立つ。
宮田が求めているものは、クラッシックバレエとは少し一線を画しているような気がした。
どちらかと言うと、モダンバレエやコテンポラリーダンスの要素が色濃い。
と言ってもヴィヴィは、クラッシックバレエしか習ったことはないのだが。
先ほど見た剣の舞の踊りを床の上で再現してみる。
何度も繰り返して見たので大体は把握している。
やはりクラッシックバレエとは異なる。
美麗でも技術的制限の多いクラッシックとは違い、後者は人間の身体を使った最大限の表現なのだと思う。
グラン・パ・ドゥ・シャを鏡の前で試してみる。
このバレエジャンプはSPの中に応用されている。
ただヴィヴィが飛ぶと伝統的なクラッシックのそれになるので、宮田には納得してもらえないが。