4章-2
私室といっても、それぞれに寝室、書斎、バスルーム、リビングがある、贅沢過ぎる間取りで。
ヴィヴィはだるい身体を引きずるように、バスルームに入ると、練習着を脱ぎ捨て、
使用人が準備をしてくたバスタブの湯に浸かった。
鼻下まで白濁した湯に浸かり、目蓋を閉じて今日の練習を振り返る。
反省点が多すぎて、あれもこれも直さなくちゃと、頭の中がぐちゃぐちゃになるばかり。
「……………」
しばらく悶々としていたヴィヴィだったが、やがて「ふぅ〜」と大きく鼻から息を吐くと、
髪と身体を洗ってバスルームを後にした。
用意されていた薄水色で踝丈のナイトウェアに着替え、濡れた髪を乾かそうとドライヤーに手を伸ばす。
しかしその手は、取っ手を握る前に空中で止まった。
(………そうだ、こんな時は――)
ヴィヴィは何を思ったのか踵を返すと、リビングを通って左側にある、匠海の部屋への扉をノックする。
しかしもう寝ているのか、兄から返事は無かった。
白石のマントルピースの上に鎮座した時計を見ると、時間はもう翌日を指していて。
(ちぇ……。お兄ちゃんに相手して貰おうと、思ったのに……)
すごすごとバスルームに戻って、胸下まである暗めの金色の髪を、丹念に乾かす。
「あ〜あ、明日は日曜なのに……お兄ちゃんと映画でも、観に行きたいよ〜」
鏡に映ったヴィヴィが、口を尖らせて愚痴っていた。
ドライヤーを片付けて歯を磨き始めたその時、ヴィヴィの頭の中に名案が思い付いた。
(そうだっ 久しぶりにお兄ちゃんと一緒に、寝ればいいんだ!)
途端にどんよりしていた心の中に、ぱあと明るい光が差し込む。
自分の考えにウキウキし始めたヴィヴィは、手早くうがいをし、
再度 匠海の部屋との境界線へと向かった。
抜き足差し足で、匠海のリビングルームに入ると、その奥の寝室へと向かう。
ヴィヴィの部屋の白色を基調とした内装とは違い、匠海の部屋は茶や黒系の多い落ち着いたインテリアだ。
しかしその寝室も最低限の光しかなく、既にその部屋の主は就寝していると物語っていた。
キングサイズのベッドの真ん中、羽毛布団にくるまった匠海は、すうすうと寝息を立てていた。
ベッドサイドの控えめな灯りのランプが、匠海の顔を暗闇にぼんやりと浮かび上がらせる。
いつも大人っぽく整った顔が、目を閉じて寝ているだけで、やけに幼く見えるから不思議だ。
(お兄ちゃん、寝顔、可愛い〜♡)
ヴィヴィの顔がにんまりと緩む。
ベッドヘッドの傍に跪いて、しばらくその顔を眺めていたが、さすがに疲れていた身体は眠気をもよおし。
音を立てないように夏用の薄い上掛けを捲って、兄のベッドに潜り込んだ。
匠海の隣に身体を横たえてそちらを向くと、兄がいつも使っているボディソープの香りが、ヴィヴィを包み込んだ。
それだけでも、兄を近くに感じられて幸せなヴィヴィだったが、どうせなら昔のようにくっ付いて眠りたい。
(もう7月だけど、冷房効いているし、大丈夫だよね?)
恐る恐る手を伸ばして兄の肩に触れると、さらりとした肌の感触があった。
不思議に思って少し上掛けを捲ってみると、兄は上半身裸で寝ていて、何も着ていなかった。
さすがに少し狼狽えたヴィヴィだったが、すぐに、
(ま、いっか〜。素肌のほうが涼しいし、なにより――お兄ちゃんを近くに感じられて、嬉しいもん)
ヴィヴィは早速、ぎゅうと匠海の二の腕に縋り付く。
「ぅ……ん………?」
若干覚醒した匠海が、目蓋を重そうに微かに開く。
しかしその目蓋は、それ以上開けられることはなく。
また目を閉じた匠海は、ヴィヴィが縋り付いているのと反対の腕を伸し、妹をその胸に抱き寄せた。
薄暗い部屋の中でも分かる、日本人にしては色素の薄い肌にぎゅうと密着させられると、
ヴィヴィの頬にしっとりとした、その感触が伝わって。
暖かくて、呼吸に合わせて微かに上下する逞しい胸板。
あやす様に撫でられる、背中に添えられた大きな掌。
ヴィヴィは長い睫毛に縁どられた瞳を細めると、うっとりとその感触を味わう。
(うふふ。お兄ちゃん、大好きぃ♡)
妹のその気持ちが伝わったのか、匠海はもう一度ヴィヴィを抱き寄せ。
ヴィヴィは身体も心も軽くなったように感じ、そしていつしか穏やかな眠りに就いていた。