3章-2
そう言う双子も、ディナーが終わったらリンクに直行し、一般営業を終えたリンクで、夜遅くまで練習をする。
篠宮家は皆それぞれに忙しく、日曜の夕方は唯一顔を揃えることが出来る、貴重な家族の時間だった。
そんな時間も、双子がシーズンインすると、無くなるが――。
「あ、そうだったな……」
母ジュリアンは、元々フィギュアのオリンピック 銀メダリスト。
現役の時、日本に遠征で来た折、その大会のスポンサーの一人であった父と出会い、恋に落ちた。
そして今、父の所有する日本のリンクで、フィギュアのコーチをしている。
もちろんその生徒の中に、双子も含まれる。
残念そうに母の席を見ていた父だったが、出されたスープを飲み干すと、双子に話を振る。
「そういえばお前達、今シーズンの曲は決まったのかい?」
ジュニアのグランプリ ファイナルを金メダルで終えた双子は、
その後3月の世界ジュニアでも、見事アベック優勝を成し遂げた。
今はオフシーズンなので、色々準備をしている段階だった。
「ヴィヴィは大体決まってるよ。先シーズンにはやりたい曲、見つかってたから」
「何?」
ミネラルウォーターのグラスを持ち上げた匠海が、ヴィヴィに視線を寄越す。
「えっと、SPが剣の舞でしょ。FPはシャコンヌ! ずっとやりたかったんだ、シャコンヌ!」
興奮してナイフとフォークを握りしめたヴィヴィに、双子のお目付け役の朝比奈がごほんと咳をし、主を諌める。
「Sorry……」
素直に反省したヴィヴィに、父は瞳を細めると、クリスに視線を送る。
「僕は……FPをピアノ協奏曲にするか、どうかで迷ってるとこ……」
「ショパン?」
首を傾げて尋ねたヴィヴィに、隣の席のクリスは首を振る。
「ううん……ガーシュウインの、第3楽章……」
その曲を滑りきる自信がないのか、クリスは少し自信無さそうに続ける。
「わあ、JAZZだっ ヴィヴィ、あれ大好き!」
ヴィヴィが大きな瞳を輝かせて、クリスを見つめる。
ガーシュインのピアノ協奏曲は3楽章からなり、その中でも第3楽章はジャズ色が濃い。
クラシックの管弦楽団の中に、JAZZピアノ、ウッドベース、ドラムが入り演奏する、異色なピアノ協奏曲で、心躍るそのメロディーは人気がある。
「へえ、クリスはクラシックのイメージが強いから、良いかもね。クラシックとジャズの、良いとこ取りで」
匠海もそう賛同すると、クリスは「そうかな……?」とまだ自信無さ気だったが、満更でも無さそうな顔をした。
ヴィヴィもクリスも、今年の5月で14歳。
来年からシニアの試合に出られる年齢になるため、少しでも今までの子供っぽいイメージを、払拭しておきたかった。
「ああ、クリスのイメージにぴったりだな。それに――」
そこまで言った父は、言葉を区切ると、得意そうな顔をする。
「それに?」
ヴィヴィが不思議そうに、先を促せば。
「ジャズとなると、我が家の長年の『英才教育』が役に立つ時が、やっと来たな!!」
自信満々に胸を反らす父に、兄弟達は顔を見合わせ、何とも言えない表情になる。
父はJAZZ好きが高じて、匠海にも双子にも、産まれる前からJAZZを聴かせていたのだ。
だから篠宮の子供は間違いなく、子守唄も遊び時間のBGMも、アート・ブレイキー や オスカー・ピーターソン、ジョン・コルトレーン だった。
特にヴィヴィは物心ついた頃から、普通の少女が興味を示す、ディズニーのおとぎ話の世界や、可愛いアイドルに目を向ける前に、
言わばオジサン(失礼――)達が奏でる渋い音楽に、耳を傾けていたことになる。
「お前達のSwingは、完璧だ!」
父は親指を立ててウィンクして見せたが、兄弟達は「それは、どうも……」と困ったように笑って見せるしかないのであった。