G.-9
ランチをクビになってから1週間。
昼前に起きて、6階の病棟に行くのが日課になっていた。
この1週間で陽向の病状は劇的に良くなり、1階のコンビニの前で待ち合わせるのが常となっていた。
「湊!」
「おう、元気そーでなにより」
この間持って来たパジャマのズボンと家でよく着ているポンチョを身につけた陽向が手を振っている。
まるで絵本に出てくる小人のようだ。
エヘヘと笑顔を零す陽向に差し入れのゼリーを渡す。
「あっ!ゼリーだ!このミカンのやつ、好きなんだー」
「知ってる。から、買ってきた」
「あはは!ありがとー」
元気そうにガラガラと点滴を引きずる陽向は、入院前よりだいぶ痩せてしまったらしい。
昨日、病室を訪れた時にそう話していた。
「今日も体重測ったんか?」
「うん。毎日無理くり測らされてる」
「いくつだった?」
「それ聞くのデリカシーないよ」
「いーじゃん。ひな坊痩せっぽっちなんだから」
「痩せっぽっちって言わないでよ。モヤシみたい」
「ははっ。確かに身体モヤシみてぇ」
「ひどい!嫌い!」
陽向が思い切り腕を叩くと、湊はケラケラ笑った。
「ん?で?いくつになった?」
「37キロになっちゃった」
「おっぱいなくなった?」
「もとからないよ」
「そーでした」
「うわ!失礼!」
「自分から言ったクセによく言うわ」
「バカ湊」
「バカはてめーだろ。俺のが頭いいし」
2人で笑いながらエレベーターに乗る。
「楽しそうねぇ」と、どこかの病棟に入院しているであろうお婆さんに笑われる。
「あはは」
「若いのはいいねぇ。わたしにもそんな時あったなぁ」
お婆さんは微笑みながら「いいねぇ」と繰り返した。
5階に着いてエレベーターを降りて右に向かう。
東病棟だ。
心臓悪いのかな、あのおばあちゃん…。
そんなことを思いながらその上の階で降りる。
ナースステーションの前を通り過ぎた時「あぁっ!風間さんいたいた!」と大声が聞こえてきた。
振り向くと、今日の担当の看護師が走ってやってきた。
「もー。どこ行ってたのー?」
「ちょっとコンビニに…」
「元気になった途端にすぐどっか行っちゃうから、点滴ズレズレなんだよー?」
「…スイマセン」
院内を自由に歩ける患者さんに同じような事を言ったことがあったので、なんだか心苦しい。
「あははっ!なんちゃってねー。てか、毎日彼氏来てくれていーなー。あ、美香がね、風間さんの彼氏見たがってたよ」
今日の担当の看護師の柳井さんは高橋の同期で仲がいいらしい。
これまた美人だ。
ここの病棟のスタッフは美人が多い。
「えーっ!見てもしょーもないですよっ!」
陽向が言うと、湊は「失礼だな」と鼻を鳴らした。
「いーじゃん、いーじゃーん!」
「でも、高橋さんには会いたいです」
「今日、勤務って言ってたから来るんじゃない?」
「えっ?!ホントですか?」
「美香、風間さんのこと結構お気に入りみたいじゃん。可愛い妹みたいって言ってたよ」
「エヘヘ」
「でも、バカだって」
「傷付いたー!」
柳井とケラケラ笑いながら病室まで歩く。
部屋に入りベッドに横になると、すぐさま点滴を接続された。
「もう逃げないでね。次のもあるんだから」
「自分でやります」
陽向がアハハ、と笑うと柳井は「ホント、可愛いね」と湊の肩を叩いた。
「でしょ?」と湊も笑う。
「それじゃ、ごゆっくり」
「どーも」
柳井が静かにドアを閉めた後、陽向は横になり湊が着替えと一緒に持って来てくれたノートとペンを棚から出した。
「何書くの?」
湊はテーブルに肘を付いて陽向を見上げた。