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蒼虫変幻
【SM 官能小説】

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蒼虫変幻-5

「今日は、風もなくて暖かい日ですね。いつもはこの時期になると湖が荒れるので、ここまで
やって来ることはできないですよ」

ぼくは女の横顔をちらりと覗きながら、ボートを湖のなかほどでゆっくりと旋回させる。彼女
は小さく頷くと二本目の煙草を咥えて火をつけた。オールを漕ぐぼくの視線が彼女の横顔の頬
筋をなぞり、細い金属のネックレスをかけた彼女の胸元に吸いつき、悩ましくくびれた腰から
足先まで這いまわる。

なぜか七年前にあの塔の部屋で磔木にくくられた全裸の女と目の前の女の像が重なり合ってく
る。いや…確かにあのときの女に間違いないような気がした。十字架のような黒い磔木に手首
と足首を錆びた鉄枷で拘束され、残酷な苦痛に苛まれる妖艶な女体は、煌めきすぎるほどの蒼
い性へとぼくを目覚めさせ、初めての射精を強いた異性だった。

彼女の白いうなじから熟れた女の匂いが漂ってくる。薄く口紅をひいた唇にぼくのからだの奥
が密やかに疼き始める。こんなことは初めてだった。微睡むような靄がうっすらとぼくの情欲
を撫で上げ、胸の中の息苦しさが物憂げに頭をもたげていた。

突然差してきた血色の陽光が彼女のからだの線を毒々しい光で包み込んだとき、ぼくはあのと
き全裸で磔にされていた女を想い浮かべた。鋭い稲妻の光で裂かれるように斑に染まったふく
よかな乳房、小刻みに震えるそそり立った乳首、下腹部に続く酷薄な翳りを含んだ純白の肌…。


「あなたの写真を撮らせていただいてもいいですか…」

ぼくは不意にポケットに入れていた小さなカメラを手にする。どうして私の写真を撮るの…と
彼女が言ったとき、あなたがあまりに綺麗だからと、自分でも恥ずかしくなるような言葉をつ
ぶやいたことがあまりに自然なことのように思えてきた。


「わたしがここにいる理由がわかるかしら…」
黄昏の陽光を浴びた女の言葉がすっとぼくの方に忍び込む。

「理由って…どういうことですか。あなたは療養所に入院されている方ですよね…」
ぼくは彼女の写真を撮り終えたカメラを手にしたまま、不意に尋ねられた彼女の問いに返す言
葉がなかった。

「違うのよ。この療養所に来る以前に、わたしはこの近くにあった塔の牢獄に囚われていたわ。
そして悪霊が潜む女として恐ろしいほどの拷問を受けたのよ。この近くの山で秋になると血色
の花を咲かせる樹木から流れ出る樹液を飲まされた私は、雷が鳴る夜に裸にされ、鎖で磔木に
くくられて失神するまで烈しい拷問を受けたわ。樹液は私の心とからだを蝕み、拷問の苦痛を
言葉で言い表せないほど大きくし、悪霊をからだの中から追い払うものだった…」

ぼくは彼女が突然吐いた言葉に咽喉がごくりと鳴った。あの塔の部屋で見た記憶が鮮やかに脳
裏に浮かんでくる。そのとき澄み切った薔薇色の空が急に暗雲に覆われ、野鳥が飛び立つ不気
味な音とともに、湖は生あたたかい霧のような驟雨に包まれたのだった。




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